沙織の下へ、急げ
「なんだこれ? へるぷって、助けてってこと、だよな……?」
沙織が送ってきたメールの文章は、明らかにおかしかった。
簡潔に用件だけを伝えている上に、ひらがなのみで綴られているそれを目にした零は、妙な胸騒ぎを覚える。
文章から察するに、彼女は助けを求めているようだ。
ひらがなのみということは、変換をする余裕すらない状況ということなのかもしれない。
なにか変だ。あの沙織が、いたずらやおふざけでこんなメールを送ってくるはずがない。
この状況にただならぬ何かを感じ取った零が焦りを募らせる中、トイレに行っていた優人が席に戻ってくると共に、様子のおかしい彼へと声をかけてきた。
「……阿久津くん? どうかしたのかい? 何か、様子が変だけど……?」
「狩栖さん、実は今、喜屋武さんからこんなメールが送られてきて……」
「喜屋武さんから? ちょっと見せてもらってもいいかい?」
優人へと頷き、自身のスマートフォンを彼へと手渡す零。
受け取ったそれの画面を目にした優人は、見る見るうちに表情を険しいものへと変えていった。
「……ダイニングバー・ロイヤルストレートフラッシュだって……!?」
「知ってるんですか、その店!?」
「……ああ。
「トラキンの!? でも、どうしてそこに喜屋武さんが……!?」
メールに記されていた店の名前が自分の同僚たちがよく使う飲食店であることに驚きを隠せないでいる優人。
対して零は、その店にどうして沙織がいるのかという部分を疑問に思っているようだった。
「たまたま偶然……っていうのはあり得ないっすよね? 俺たちの寮から近い店ってわけでもないですし、そもそも喜屋武さんは一人でバーみたいな酒を扱う店に行くようなタイプじゃないし……誰かに連れ込まれた、とか……?」
「……まさか」
ぼそりと、何かを感じ取った優人が呻きとも呟きとも取れる声を漏らす。
彼の顔を見た零は、優人の表情が困惑でも驚きでもなく、怒りに染まっている様を目にして息を飲んだ。
「……阿久津くん、今は急いでこの店に行こう。車は僕が出すから、これで会計を支払ってきてくれ」
「あっ、はい!」
伝票の上に一万円札を置いた優人が、車の準備をするために一足先に店を出ていく。
沙織を心配している零もまた、彼の様子に焦りを募らせながらも会計を終え、店の前で待ってくれていた優人の車に飛び乗った。
「狩栖さん! 今、何が起きているかに心当たりがあるんですか!?」
シートベルトを締めながら、先ほどの優人の様子から彼が何かを察したのだと感じ取った零が運転席に座る優人の横顔を見つめながら彼へと問いかける。
ハンドルを強く握り、進行方向を見つめていた彼は、その質問に苦悶にも近しい表情を浮かべた後、絞り出すような声で逆に零へと質問を投げかけた。
「喜屋武さんは確か、前世が割れているVtuber……だったよね? 元アイドルだってことが、半年くらい前の炎上を機に知れ渡っていたはずだ」
「え……? ええ、そうですけど……」
「そうか……だとしたら、やっぱり……!!」
唐突な質問に困惑しつつ、優人の問いに答える零。
その答えを聞いた彼はハンドルを握っている手に震えんばかりの力を込めると、先ほどの零の質問にこう答える。
「……店で何が行われているか、はっきりとわかっているわけじゃあない。だけど、心当たりはある。おそらくは……僕の予想は当たっているはずだ」
「ほっ、本当ですか!?」
「ああ……なにせ、前にも似たようなことがあったからね」
どこか意味深なことを呟いた優人が、信号が青に変わると共にアクセルを踏んで車を走らせていく。
その険しい横顔から、思っている以上に事態が深刻であることを理解した零が息を飲む中、優人は必死に感情を押し殺した静かな声で言った。
「……とにかく今は急ごう。幸い、店は遠くない。すぐに着くはずだ」
押し殺そうとしても殺し切れない感情を滲ませた声でそう零に言う優人。
その横顔からは、食事をしていた時の楽しそうな笑みは完全に消え去っていた。
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