諸々の、真相

「薫子さんの慰安会、ですか?」


「ああ、そうだよ。別に私はそんなのやらなくていいって言ったんだけどね、零の奴が聞かなくってさあ」


 カカカッ、と言葉に反して嬉しそうに笑いながら、冷えたビールの缶を開ける薫子。

 プルタブが鳴らす小気味良い音に満足気な笑みを浮かべた彼女は、有栖との話を中断すると一気にその中身を煽り、恍惚としたため息を吐く。


「ぷっは~っ! この一杯のために仕事してる~っ!! やっぱ仕事終わりのビールは最高だねぇ!!」


「気持ちはわかりますけど、酒浸りになるのはよくないですよ。ストレス発散のために酒に溺れたりせず、他にも趣味を持った方がいいですって」


 キッチンの方から話に参加した零が、どこかで聞いたような忠告を薫子へと投げかける。

 それが数日前にスイや天と交わした会話の内容であることを知っている有栖が気まずそうに口を閉ざす中、アルコールが入って上機嫌になった薫子が事の経緯を説明し始めた。


「あんたら二期生はデビューしてから半年、一期生は一年が経って、色々あったとはいえ【CRE8】も無事に活動を続けられてる。それもこれも、裏方で頑張ってくれてる私たちのお陰だって、零の奴が言い出してさあ……」


「薫子さんが【CRE8】を作ってくれなかったら、俺たちはここにいないよ。特に俺は行き場のないところを拾ってもらった身だから、薫子さんには人一倍の恩があるんだって」


「……そんなもん、この半年で十分に払い終わったさ。むしろ今は、私の方があんたに感謝してるくらいだよ」


「俺からするとまだまだこんなもんで払い切れる恩じゃないと思ってるけどね。で、まあ、さっきも言った通り、一期生の先輩たちがデビューして一年、つまりは【CRE8】が本格的に活動し始めて、一年が過ぎたわけでしょ? だったら、俺たちタレントだけじゃなく、薫子さんもお祝いすべきなんじゃないかなって思ってさ。こうして声をかけたってわけ」


「じゃあ、あのビールは……!!」


「薫子さんに買ってきてもらった物だよ。本当はもっと早くにご馳走するつもりだったんだけど、俺が体調崩しちゃったからさ……予定が後ろにずれちゃったってわけ」


 自宅にビールがあった理由を改めて有栖へと説明した零が、料理の仕上げにかかる。

 彼が慣れた様子で調理する姿を見つめていた有栖は、もう一つの気になっていたことを投げかけてみた。


「でもさっき、零くん今からビールを飲むって……!?」


「飲むじゃなくて、使、ね? ちなみに用途はこいつだよ」


「うっひょ~っ! 待ってました~っ!! うんまそ~っ!!」


 キッチンから大皿を手にリビングへとやって来た零が、有栖の発言を訂正しながらテーブルへと仕上げた料理を置く。

 ふわりと漂う食欲を誘う香りに鼻をひくつかせ、薫子の歓喜の叫びを耳にしながら……有栖は、大きく見開いた目でその料理を見つめ、呟いた。


「天ぷら……? これが、どうかしたの?」


「さっき冷蔵庫から出したビールは、こいつを作るために使ったんだよ。まあ、知らないとびっくりするだろうけどさ」


「えっ、ええっ!?」


 揚げ物にビール、という一見食べて飲むための組み合わせとしか思えないそれを、料理の材料として使ったと述べる零の言葉に有栖が大いに驚いた反応を見せる。

 そんな彼女の横でウキウキしながらえびの天ぷらを箸で摘まんだ薫子は、それを有栖の口元へと差し出すと、食べるよう促してみせた。


「ほら、食ってみなよ。絶対美味いからさ!」


「あ、はい。いただきます……んっ!? はふっ、あふいっ……! でも、おいひぃ……!!」


「あはは、気に入っていただけたようで何よりです」


 飲み物や皿などを用意し、自分も薫子たちと同じようにテーブルへと座った零が有栖の反応に恭しく頭を下げる演技をしながら言う。

 ぷりぷりのえびとサクサクの衣の食感が堪らない零お手製の天ぷらは、お惣菜でしか天ぷらを食べたことのない有栖にとっては衝撃を受けるレベルの美味しさだった。


「ビール衣っていってね、揚げ物をする時にビールで粉を溶いて作る衣があるんだよ。炭酸のお陰で衣に空気が入る上に、アルコールが蒸発することで余計な水分を抜くことができるビールは、揚げ物にうってつけってわけ。まあ、得意気に解説してはいるものの、俺も初めて作ったんだけどさ」


「未成年がビールを買うわけにもいかないからね~。今回は私の晩酌用も含めて多めにビールを買っておいたから、こうして挑戦できたってわけだ」


「よく言うよ。天ぷらが食べたいってリクエストしたのは薫子さんの方じゃん。揚げ物って作るの面倒くさいんだから、こうして要望を聞いてあげた俺に感謝してよね?」


「わかってるって! 私はいい甥を持ったよ! あ~っ、酒と肴が美味いっ!!」


 仕事の関係を抜きにして、ただの甥と叔母となった零と薫子の話を聞いていた有栖が、全ての事実を知ると共に肩を落とす。

 勝手に零を疑って、ありもしない罪で責めてしまったことを恥じる彼女へと、疑いをかけられた張本人である零が笑顔で言った。


「大丈夫だよ、気にしてないから。悪いのは大半が加峰さんだし、それも悪意があってやったことじゃあないからね。でもまあ、回りくどいことをしないで直接聞いてほしかったっていうのはあるかな」


「うん、ごめんなさい……」


「そう責めてやるなよ、零。有栖もお前のことが心配だったんだし、梨子に散々煽られたら不安にもなるだろうさ。今日は遠慮せず美味いもん食って、失敗を笑い飛ばしちまいなって!」


「別に責めてはいないってば! 心配してくれたことに関しては感謝してるよ。薫子さんも言ってたけど、遠慮しないでいいからね? 多めに作ったし、有栖さんも遠慮せずに食べていってよ」


「……ありがとう、零くん」


 なし崩し的ではあるが、薫子のお疲れ様会に参加することになった有栖が僅かに笑みを浮かべながらさつま芋の天ぷらを頬張る。

 ほんのりとした甘みとサクサクの衣の感触に頬を綻ばせた彼女を見た零もまた嬉しそうに微笑む中、ちびちびとビールを飲んでいた薫子が嬉しそうに口を開く。


「いや、いいね。この天ぷらも美味いけど、お前たちを見てると酒が進む進む! 息子夫婦の食卓を見守る姑ってこんな気持ちなのかね! あははははは!!」


「息子夫婦って……だから、そういうことは言うもんじゃないでしょうが。仮にも事務所の代表なんだから、所属タレントのスキャンダルを推奨してどうすんのさ?」


「別にいいだろ~、お前たちもVtuberである前に一人の人間なんだから、恋人がいたとしてもそれを咎める権利は私にはないさ。それに、あながちあり得ない未来ってわけでもないと私は思うけどな~!」


「はぁ……もう酔ってるよ、この人。ごめんね、有栖さん。この人の言うことは酒の席の戯言だと思って流していいからね」


「大丈夫だよ。薫子さんが嬉しそうにしてくれると私も嬉しいし、言われたことも気にしてないから……」


 零のフォローにはにかみつつ、再び天ぷらを口に運ぶ有栖。

 ビールを飲んでいない彼女の頬がほんのりと赤く染まっているのは、天ぷらの熱気だけが原因というわけではないのだろう。


「いや~、いいねえ! 美味い酒に美味い料理、そして極上のてぇてぇときた! これを独占できるなんて、私も前世では随分と徳を積んでたみたいだね!」


 楽しそうに、嬉しそうに、ビールを煽り、天ぷらを頬張る薫子の叫びが部屋の中にこだまする。

 それから数時間、零の家では楽しい宴が繰り広げられ続け、常に明るい声が絶えなかったそうな。

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