天による、調査

「ささ、遠慮せずに好きなもの食べなさい。この前、壊しちゃった電子レンジのお詫びだから、本当に気にしないで」


「別にそんなことしなくていいのに、なんだかんだで気にしてくれてるんですね、秤屋さん」


「うっさいわね。そりゃああんた、弁償したとはいえ、人んちの家電をぶっ壊しておいて一切気にしないで生活するだなんて無理に決まってんでしょうが」


 ははは、と明るく笑った零が天の言葉にそれもそうかと納得したように頷く。

 ここは【CRE8】本社近くにあるレストラン、本日は天が先日の電子レンジのお詫びという名目で零を食事に連れ出し、話をしていた。


 昨日、スイから零には若干ではあるが怪しい点があるという話を聞かされた天は、彼女とは別の方向から零に探りを入れることを決めた。

 ストレートに聞いてしまえばいいような気もするのだが、なんだかんだで小心者である天にその重責を耐えるのは難しいようだ。


 というわけで、彼女は零のストレスチェックを会話の中で行うことにした。

 スイとは違って演技や会話に関する技術はなかなかのものである天は、ごく自然な流れで零の体調を気遣いながら話を進めていく。


「体はもう大丈夫なの? 熱とか、どこか痛むところとかはない?」


「はい、すっかり回復しました。ご心配ご迷惑をおかけして申し訳ありません」 


「そっか……ならいいんだけどさ、体調不良の原因はわかってるの? あんたの性格上、不摂生な生活をするとは思えないしさ……」


「いや、まあ、このところ忙しかったんで無理し過ぎたってところですかね? 【ペガサスカップ】とか新衣装のあれこれとかでバタバタしてましたし、その辺が原因かと」


 スムーズに欲しい言葉を引き出し、天は零との会話を進めていく。

 平然と彼が自身の体調不良の原因を語ったことを確認した彼女は、テーブルに身を乗り出しながらこう問いかける。


「メンタルの方はどうなの? どっちかっていうと、体の方よりそっちの方が心配じゃない?」


「ん~……ストレスってことっすよね? あんまり自覚はしてないかな……?」


 ふぅ、と軽いため息を吐きつつ、零を見つめる天。

 普段とは違う彼女の様子に何か真剣なものを感じて背筋を伸ばす零に対して、彼女はこう述べる。


「前回も今回もあんたの胃を痛めてる元凶である私が言うのもなんだけどさ、やっぱ精神面の疲労って重大だと思うのよ。同業者でも、少し前まで普通に活動していたはずなのに急にメンタルぶっ壊して、活動休止とか引退しますって発表をする人も珍しくないわけじゃない? 体もそうだけど、精神の方は唐突におかしくなるからそっちの方が怖いわよ」


「……確かにそうですね。この仕事、ストレス溜めやすいですし……」


「はぁ……他人事みたいに言ってるけどね、あんたがその危ない奴筆頭なのよ? いや、これも私が言えることじゃあないんだけどさ……でもやっぱ、ストレスのせいでおかしくなったり、それを解消するために酒を一気飲みするみたいなマズい形での発散方法をしたりとかっていうのがよろしくないのはわかるでしょ? 心配なのよ、あんたのこと。一度それで身を滅ぼしかけたことのある人間からすると、特にね……」


「……うっす」


 真面目な天からの忠告を聞いた零が、言葉少なに返事をしながら頷く。

 彼女に心配されているということを強く自覚する彼に対して、天は改めてこう問いかけた。


「……あんたは大丈夫なの? 最近、ストレスを抱えてる自覚はある? それを発散する手段のあては? そういうのがないと、前と同じことになったり、私みたいなことになるから……しっかりと考えた方がいいわよ」


 実体験を交えつつそう語る天の言葉には、途轍もない重みがある。

 それを感じているであろう零は難しい表情を浮かべて暫し押し黙った後、自分の生活を振り返った上でこう語っていった。


「確かに、その……ストレスを抱えてるんじゃないかなって思うことはあります。秤屋さんがしてくれたみたいに、周りの人に指摘されることもありますね。んで、その発散方法っすけど……ない、かなぁ……? 趣味らしい趣味も料理くらいのものですし、ゲームとか運動とかで発散してるとは言い難いですし、マジでないかも」


「そういうふうに抱えたストレスをマズい形で発散してないわよね? 私みたいに、酒に溺れたりだとか……」


「いやいや、そんなわけないじゃないですか。暴飲暴食ならまだしも、未成年の分際で酒を飲むとかあり得ませんって」


 やや核心を突いた質問を即座に否定してみせた零の反応に、天は少しだけ安堵していた。

 普通に考えれば、もしも本当に零が飲酒をしていたとしてもここで素直に白状するわけがないのだが、彼が一切の怪しい素振りを見せないで疑念を否定するその姿は天のよく知る零の反応そのもので、少なくとも今の彼には後ろ暗いことはないように思える。


(百パーセントあり得ない話じゃあないけれど、私的には疑念よりも信頼の方が高くなったわね。上手いこと誤魔化されてる可能性も否定はできないけれどさ……)


 真面目な雰囲気で会話しているせいで、零を身構えさせてしまったかもしれない。

 フランクな感じでの会話であればぽろっと本音が漏れることもあったかもしれないが、今の彼はきっちりがっちりと構えているせいで嘘をついたとしてもそれを見抜きにくくなっている状態だ。


 自分が引き出せる情報はここまでだろう、天はそう判断する。

 これ以上はただ零に不信感を与えるだけだろうし、この先に関しては残りの二人の活躍に期待するしかない。


 そう考え、纏っていた真面目な雰囲気を彼女が脱ぎ去った瞬間、ちょうど注文した料理が運ばれてきた。

 ナイスタイミングと心の中で呟いた天は零に対して笑みを見せると、緊迫感を排除した声で言う。


「さあ、真面目な話はここらで終わりにして、ランチタイムと洒落込みましょうか。美味しいご飯を食べるのもストレス解消になるでしょうし、今は楽しみましょう」


「はい。お気遣い、ありがとうございます」


 天の提案に乗り、運ばれてきた料理へと手を伸ばす零。

 彼と一緒にランチを楽しみながら、天は冗談交じりの提案としてこんなことを言う。


「ストレス発散の方法だけどさ、有栖ちゃんとこんな感じでデートしたら? 絶対に楽しいでしょうし、いい気晴らしになるんじゃない?」


「ははっ! 悪くないですけど、それって炎上の火種を背負い込むことになるじゃないっすか。ストレス発散のはずが、ストレスの原因を抱える羽目になっちゃうんじゃあ、本末転倒じゃありません?」


「ああ、それもそうね。残念、いい案だと思ったのにな……」


 冗談交じりではあったが、全部が全部冗談というわけでもないその案を否定された天が割と本気で悔しがる。

 それ以上はこの話に触れないようにして、彼女は零と食事をした後、何事もなかったかのように彼と別れ、本日の調査を終了するのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る