スイによる、探り
「なんか珍しいっすね、俺たち二人だけで作業通話するって」
「そ、そうですね……」
零へと探りを入れることを決めた二期生たちは、早速、翌日から行動を開始することにした。
そのトップバッターを引き受けたのはスイで、彼女は今、零と二人きりで作業をしながら通話をしている。
不安と、緊張と、僅かばかりの恐怖を抱きながら、作業をしているふりをしながら……スイは、零へとどうやって話を切り出そうか迷っていた。
「最近、学校はどうですか? なにか面白いこととかありました?」
「あ、えと、特にはなにも……」
「そうですか。まあ、学校生活なんてそんなもんっすよね。そういえば、あと一か月くらいで冬休みに入るんですよね? クリスマスとか年末年始は、こっち来れそうですか?」
「え、ええっと……まだ、なんとも。予定は未定、ですね……」
「あ~、ご家族との予定もありますしね。でも、滅多にない機会ですし、こっちで一緒に遊んだり配信できたら俺も嬉しいんだけどな~」
適度に話題を振ってくれる零に対して、スイはぎこちない雰囲気で返事をしている。
普段の津軽弁も引っ込め、緊張しているが故の無口モードで彼に応対するスイは、未だに自分がどうこの問題に接すればいいのかわからずにいた。
(わ、わがね! 阿久津さんにどう話を切り出せばいんだびょん?)
元々、純粋な性格をしているスイは、人を疑ったり相手の腹を探ったりといった行為は大の苦手だ。
方言何かを隠すのにもそこそこ苦戦していた彼女にとって、友人であり恩人でもある零を疑って相手の反応を探るというのはかなりの難題だった。
零のことを想ってこの作戦に参加したスイではあったが、直接ズバッと聞くことはもちろんのこと、回りくどい感じで相手から話を引き出すこともできずにいる。
いったい、自分はどうすればいいのだろうかと、彼女が頭を悩ませながら混乱していると――
「……なんか、あれっすね。こうしてると、俺と三瓶さんが出会ったばかりの頃を思い出しますね」
「へ……?」
そう、彼が苦笑交じりに切り出してきた会話の内容に、ぽかんとしてしまうスイ。
そんな彼女に対して、零はそう遠くない過去を懐かしむような口調でこう言う。
「あの頃は三瓶さんも方言を隠して、無口キャラのまま標準語を話せるようになろうとしてたじゃないですか。夜な夜な打ち合わせとか話す練習とかをしてたっけなって、二人っきりで通話してて思い出したんですよ」
「そう、でしたね……あの頃は、色々とお世話になりました……」
「いえいえ、こちらこそぶっ倒れたりしてしまって申し訳ないです。この間のこともそうですけど、自分の体調管理の甘さを痛感しました。三瓶さんはちゃんと成長していってるっていうのに、俺は変わらないままですよ。あはは」
軽快に笑いながら、自虐的なことを言う零。
そんな彼の言葉にかつての出来事を思い返したスイは、改めて自分に手を差し伸べてくれた零へと感謝の想いを抱いていた。
あの日、あの時、自分の秘密を知った上でそれをどうにかしてくれようと一生懸命になってくれた彼への恩義は、数か月経った今でもまだまだ返せる見込みがない。
本当に……色んな意味で、あの出来事は自分の大きな転換期になったと、自分の殻を破り、成長へと繋げるための手助けをしてくれた零に心の中で感謝したスイは、そこで小さく息を吐きながら思う。
(あの時のごどは、今でもほんに感謝すてら。だはんでごそ、もすも阿久津さんが良ぐねごどすちゅっていうのなら……わっきゃ、それ止める手助げすて)
梨子の言う通り、零が本当に飲酒をしているとは思えない。
あの零が、世の中のルールを破ってまで自分の快楽を求める人間だなんて、絶対にあり得ないことだと自分は思っている。
だからこそ……まずは彼のことを疑おう。
脳死で信じるのではなく、疑って彼に探りを入れた上で、信じられるだけの証拠を集めるために動いてみよう。
それでもしも、あまりよろしくない事実が浮き彫りになってしまったら、今度は自分が零に手を貸す番だ。
かつて彼が自分にしてくれたように、他の仲間たちにもそうしてきたように、自分が零のことを支えてあげればそれでいい。
「……阿久津さん、久しぶりに、私のお喋りの練習に付き合ってくれませんか?」
「おっ! いいですねえ! 俺も懐かしく思ってましたし、ちょうど無口モードの三瓶さんと話したいなって思ってたところなんですよ!」
話の流れを利用してそう切り出したスイは、直接彼に核心を突くような質問を投げかけるのは止めようと考えていた。
自分は人を疑うのは苦手だし、嘘を見抜くのも下手だ。多分、零が本気で誤魔化そうとしたら、騙されてしまうだろう。
だからここは、少し遠回しなやり方で、されど彼に不信感を持たせない形で、話を聞くことにしようと……そう決めたスイは、標準語の練習という名目の下、丁寧に言葉を選びながら零へとこう話を切り出す。
「実は、ですね……少し前に、学校で飲酒に関する授業をしたんです。結構、力が入ってる感じで……」
「ああ~……三瓶さんの学校でもそういう授業をやるんですね。やっぱり成人の年齢が十八歳に引き下がるとかなんとかで、その辺のことを勘違いさせないためにも周知を徹底させようとしてるんでしょうか?」
「そうかも、しれませんね……私もあまりお酒には詳しくなかったんですけど、色々なことを知ることができました。怖いんですね、未成年の飲酒って……」
「まあ、そうっすよね。体が出来上がってない時期に酒を飲むのは危険だって、色んなところで聞きますよ。脳の萎縮を早めるとか、レントゲンの図を見させられながら語られたらビビるっすよね」
授業で飲酒について学んだ、というスイの話を零は一切疑っていないようだ。
時期が味方してくれたお陰もあるのだろうが、そもそも彼女がこんな嘘を吐くとは思っていないからこそ、零はすんなりとスイの言うことを信じたのだろう。
彼を騙し、試していることに胸を痛めながらも、ここで迷ってはだめだと自分を奮い立たせるスイ。
彼女はそのまま零の言うことに同意しつつ、探りのための文言を口にする。
「でも、ここまで説明されたとしても、未成年でお酒を飲んじゃう人がいるんですよね……どうして、でしょうか?」
「う~ん……その場のノリだとか、人から勧められたのを断れなくてだとか、何だか悪いことをするのが格好いいと勘違いしたからだとか……あとは、ストレスから逃げるためにこっそり、っていうのもあるんじゃないでしょうか?」
「っ……!!」
昨日の話し合いの中でも出た、零が飲酒に手を出してしまいそうな理由。
Vtuber活動や炎上で味わったストレスからの逃避のために酒を飲む……という天の話を彼の言葉から思い出したスイは、やや震えた声で零へと問いかける。
「大丈夫、ですよね……? ストレスから逃げたくてお酒をいっぱい飲んで、それで変なことになっちゃったり、とか……」
「………」
その問いかけに対して、ここまで饒舌に話し続けていたはずの零が口を閉ざす。
暫しの間、自分たちの間に流れる無言の時間に緊張感を高めたスイがごくりと息を飲んだ直後、小さく息を吐いた零がこう答えを返した。
「気を付けた方がいいっていうのは確かでしょうね。でもまあ、俺たちの場合はそもそも飲まなけりゃいいし、周りに勧めてくるような大人もいない……っすよね?」
「え、ええ……まあ、そう、ですね……」
意味深な沈黙と無言の間の理由を聞くことは、スイにはできなかった。
もしもそれが零が自分の行動を振り返ったが故に生まれたものだとしたら……と考え、怯えてしまったのである。
核心的な情報を得ることはできなかったスイではあるが、決してこのやり取りが無駄だったわけではない。
少なくとも、零には飲酒に関係する何か思い悩むことがあるということだけは、彼自身の態度から察することはできた。
(もすもそれが、自分がお酒飲んじゅはんでごその迷いだったどすたっきゃ……)
僅かではあるが、零が飲酒をしているかもしれないという疑念が深まってしまったことに対して、苦しみとも悲しみともいえない思いを抱くスイ。
これ以上の追及は心がもたないと、怯えと罪悪感の限界を迎えた彼女は、溜まりに溜まった緊張を解放するように息を吐くと、零へと言う。
「あの、ちょっとお花摘みに行ってきます。話の途中で、すいません……」
「了解です。俺のことは気にしないで大丈夫ですよ」
緊張や不安で心をぐちゃぐちゃにして普段通りではいられない自分とは対照的に、零の方はいつもと何も変わらない優しさを見せている。
気遣いを感じさせる雰囲気で自分に接してくれる彼の心が、その中に秘められているものが、何一つとしてわからないでいることに悔しさをにじませながら、スイによる最初の調査は終わりを迎えるのであった。
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