沙織による、割と洒落にならない誘惑

「いらっしゃ~い! もう少しで準備できるから、座って待っててね~!」


「あ、うっす……おじゃましま~す……」


 そのまた翌日、沙織に呼び出された零は、彼女の家で夕食をいただくことになっていた。

 もちろんこれも彼が飲酒をしていないかの調査の一環なのだが、そんなことを知る由もない零にとっては、同僚である女性の家に男である上がり込んだ上に二人きりという実に危ない(炎上するという意味で)シチュエーションであり、おっかなびっくりし続けている。


 そんな彼の気持ちも露知らず、とある目論見を抱きながら料理を行う沙織は、自身の料理の腕を存分に発揮して美味しい夕食を作り上げていった。


 ほかほかの白いご飯に定番のお味噌汁。メインのおかずは得意料理であるゴーヤーチャンプルーと、彩りも栄養のバランスもなかなかに考えられた食事を用意した彼女は、それを零の前に並べると自分も彼の真向かいに座って促しの言葉を投げかけた。


「お待たせ! ささっ、冷めないうちに食べちゃってよ~!」


「あ、ありがとうございます……! じゃあ、いただきます……!」


「はい、召し上がれ~! お口に合うといいんだけどね~!」


 ニコニコと笑いながら、自分が作った料理を食べる零を見守る沙織。

 若干の気まずさと恥ずかしさを感じながら彼女お手製のゴーヤーチャンプルーを口に運んだ零は、抜群のお味に顔を綻ばせながらうんうんと何度も頷く。


「やっぱめっちゃ美味いっすよ、喜屋武さんの手料理。前もご馳走してもらいましたけど、その時よりもまた美味しくなってる気がします」


「あはっ! やった~っ! 今回は病み上がりの零くんに栄養をつけてもらおうと思って、お肉とゴーヤーを多めに入れて、その上で味のバランスを取ってみたんだよ~! そのお陰でボリュームが出たし、味も零くんの好みに近付いたみたいだね~!」


 ゴーヤーの苦みを程良くマイルドにしつつ、食欲を引き出す塩味が施された抜群の味加減に舌鼓を打つ零は、大口を開けてバクバクと沙織の手料理を食べ続けている。

 温かいご飯と味噌汁も箸が進む要因となっており、あっという間に一杯目のご飯を食べ終えてしまった彼の反応に満足気に笑った沙織は、左手を伸ばすと空になった彼の茶碗を受け取りながら優しく声をかけた。


「いい食べっぷりだね~! ご飯もおかずもまだまだあるし、遠慮せずにおかわりしちゃってよ~!」


「ホント、なんかすいません。夕食を世話になった上に、みっともなくがっついちゃって……」


「私が誘ったんだから、気にしないでって! むしろそこまで美味しそうに食べてもらえて嬉しいさ~!」


 ぺんぺんと茶碗に大盛りのご飯を盛り付け、ゴーヤーチャンプルーを追加して、明るい笑みを浮かべながら零へとそれらを差し出す沙織。

 彼女から二杯目のご飯を受け取った零は今度は沙織と食卓を囲むべく、ゆっくりとそれらを食べ始める。


「……昨日、秤屋さんにも飯を奢ってもらったんですよね。体調崩してからこういうことが多くて、自分ではしっかり食べてるつもりなんですけど……心配かけて申し訳ないです」


「零くんにはみんなお世話になってるからね~! こういう時、恩返ししたくなるんだよ~! 実際、私もそうだしさ~! でもまあ、作るのが面倒そうだし、少しは楽してほしくてこうしてご馳走してるだけで、零くんの食生活がマズいとはお姉さんも思ってないよ~!」


「まあ、そうっすよね……秤屋さんも体のことより、心の方が心配だって言ってました。ストレスが溜まって、いつかそれが爆発しないように気を付けろって忠告されちゃいましたよ」


「あはっ、そっかぁ……まあ、零くんは真面目だから、天ちゃんがそう思うのも納得だよ~! でも、ストレス発散ねえ……なら、お姉さんとちょっと火遊びでもしてみる?」


「え、ええっ……!?」


 火遊び、という意味深なワードを官能的な声色で発した沙織の言動に対して、心臓を跳ね上げる零。

 なんとも素晴らしい妄想を掻き立ててしまうシチュエーションにごくりと彼が息を飲む中、冷蔵庫から大きめの瓶と二人分のグラスを取り出した沙織は、それを零へと見せつけながら笑顔で言う。


「じゃじゃ~んっ! 沖縄名産、泡盛~っ!! 李衣菜ちゃんにもお勧めしてる私のお気に入りがちょうどうちなーの家族から送られてきてさ~! だから、ね――」


 パキッと音を響かせ、瓶の蓋を捻って開けた沙織が秘密めいた大人の雰囲気を醸し出す。

 手を出してはいけない禁断の果実(たらばのたわわなたらばは関係ない)を見せつけるように、それがいけないことだということを理解している上で、その禁を破ることを楽しもうと言葉にせず伝えるように……蠱惑的な笑みを浮かべた彼女は、甘く蕩けるような声で零へと囁いてみせた。


「お姉さんと一緒に……大人の階段、上っちゃう? いけないこと……しちゃおっか?」

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