エモいようで、エモくないオチ
「そ、そんなんじゃないっすよ。別に、偶然こうなってただけですし……」
「ふ~ん、そうかい? まあ、バレなきゃ付き合おうがイチャつこうが関係ないと思うけどね、アタシは」
有栖と自分との関係を邪推する玲央へと否定の言葉を口にする零であったが、肝心の右手は有栖に握られたままだ。
彼女の手を振り払うことに抵抗があるのか、あるいはもう少しこのままでいたいと思っているのか、それともその両方かはわからないが……その反応から、零の有栖への想いのようなものを感じ取った玲央が笑みを浮かべる中、寝室のドアが開き、おかゆが入った深皿を乗せたトレーを手にした沙織が姿を現す。
「おっ! 零くん、起きたんだね~! ナイスタイミング! おかゆ作ってきたから、食べて食べて~!」
「あ、ありがとうございます、喜屋武さん。色々してもらっちゃったみたいで、申し訳ないです」
「気にしなくていいよ~! 零くんにはお世話になってるからね~! なんだったら、お姉さんがあ~んして食べさせてあげようか? 零くんの右手、今は塞がっちゃってるみたいだしさ!」
「大丈夫です。お気遣いなく」
玲央同様に自分のことをからかう沙織へとそう返した零が、多少の名残惜しさを感じながら有栖の手を開かせて自身の右手を自由にする。
彼女の手の感触が残る右手をグーパーと開いたり閉じたりしている最中に気を遣った玲央が眠ったままの有栖を抱きかかえると、スイの隣に運んだ上でタオルをかけてやった。
「はい、どうぞ。お茶もあるから慌てずゆっくり食べてね。加峰さんが買ってきたポケリも作っておいたから、ここに置いておくさ~」
「本当、ありがとうございます。何から何まで恐縮です」
ほんのりとしょっぱい卵がゆを味わう零へと、世話を焼く沙織。
様々な部分で助けてもらっていることに感謝しながら、改めて部屋の中を見回した彼は、小さく笑みをこぼすと共にこう呟く。
「なんつーか、その……こういう時に言うべきことじゃあないかもしれないですけど、俺って幸せ者ですね。風邪ひいただけなのに、こんなに沢山の人たちが駆け付けてくれて、正直嬉しいです」
ほんの数か月前には想像もできなかった光景、体調を崩した自分のためにこんなにも沢山の人が集まって世話を焼いてくれるなんて……と、今の幸せを噛み締めるようにしみじみと呟く零。
眠っていた際に見ていた夢は夢のままだが、この現実も決して悪いもんじゃあないぞと……そう、胸を張って思えることを喜ぶ彼へと、笑みを浮かべた沙織が言う。
「それは、零くんが一生懸命誠実に周りの人に接してきたからそうなってるんだよ。私も、みんなも、自分が困っていた時に手を差し伸べてくれた零くんに感謝しているからこそ、零くんが困ってる時に手を差し伸べようって素直に思えるんさ。むしろ零くんが誇るべきところだと、私は思うよ」
「買被り過ぎですよ。でも……ありがとうございます」
また一口、おかゆを口に運んだ零が自分を賞賛する沙織へと感謝の気持ちを告げる。
すやすやと寝息を立ててお互いにもたれ掛かっている有栖とスイの姿を見て微笑んだ彼は、小さく頷きながらこう続けた。
「他のみんなにも感謝しないとですね。わざわざ駆け付けてくれたこと、本当にありがたく思ってます。まあ、多少はドタバタしちゃってたんでしょうけど、それでも俺のために一生懸命頑張ってくれただけでも嬉しいですから」
「あ~……そうだね! 天ちゃんにも感謝しないとね!」
「り、梨子姉さんも頑張ってたのは間違いないから、そこは褒めてあげなよ。大喜びすること間違いなしさ!」
一瞬、零の言葉に顔を見合わせた沙織と玲央は、迷った後で彼に嘘を吐くことにした。
正確には、多少のドタバタでは済まない被害を生み出した彼女らのあれやこれやとリビングの壊滅具合を隠したと言った方が正しいのだが、零に何もかもを正直に伝えたら感謝の気持ちが吹っ飛ぶどころかそのまま卒倒してしまう気しかしないので、これでいいのだと二人は自分に強く言い聞かせて事実を隠し続ける。
そんな姉と姉貴分の異様な雰囲気にも気付かず、美味しそうにおかゆを平らげた零は、両手を合わせると比較的元気な声で感謝の言葉を口にした。
「ごちそうさまでした。さて、食器を下げるついでにリビングで悪戦苦闘してるであろう秤屋さんと加峰さんにお礼を言ってきますかね」
「えっ!? いや、だめだめ!! まだ体調も悪いままなんだし、食器は私が下げておくから、零くんは安静にしておくべきだよ~!!」
「大丈夫っすよ。ちょっと家の中を歩くだけですし、寝て起きたばっかなんで休むも何もないですから。ベッドの上で寝転んだままの方が体にも悪そうですし、少しは動かないと」
「まあまあ、落ち着けって。梨子姉さんたちにはアタシの方から感謝を伝えとくから、あんたはここで寝てなよ、なっ?」
「いや、そんなことしてもらう必要ないですよ。リビングにいるんでしょう? ちょっと顔出すだけですし、何も問題ないですってば」
「まあまあまあ、まあまあまあまあまあ……!!」
「落ち着けって。な? なっ!?」
リビングの惨状を知っている沙織と玲央が懸命に零を押し留める。
そんな違和感丸出しの二人に制止されることをおかしく思いながら、しばらく押し問答を続けた零はこの数時間後に全ての真相を知ってやはりその場で卒倒したそうな。
(破壊された電子レンジは梨子から連絡を受けた陽彩がお急ぎ便で注文し、わざわざ届けに来てくれた)
(代金は当然ながら壊した張本人である天が支払いました)
(その後、自分が体調を崩したら甚大な被害が出ることを理解した零は、体調管理に一層気を遣うようになったそうな)
めでたし、めでたし……(後編へ続く)
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