予想外の、見舞客
「う、ん……?」
胸の辺りにちょっとした重みを感じて目を覚ました零が、薄っすらと目を開ける。
そうすれば、割と近い位置に有栖の顔があることに気が付いて、彼は驚きによって一気に意識を覚醒させていった。
「おわっ、っとぉ……? えっと、今の状況は……?」
すやすやと寝息を立てている有栖を起こさぬよう、体をずらした後で上半身を持ち上げる零。
部屋の状況を確かめるようにぐるりと周囲を見回してみれば、壁に背を預けて眠っているスイの姿も目に映った。
どうやら自分は、あの地獄絵図の中でもしっかり眠ってしまったらしい。
絶対に寝れるはずなんてないと思っていたが、スイの子守歌のお陰なのか、あるいは零自身が思っていたよりも疲れていたせいなのか、ぐっすり眠ってしまったようだ。
ドアを何枚か挟んだ先にあるリビングからも、寝付く前に聞こえていた天と梨子による阿鼻叫喚の声は聞こえてこない。
どうやら、自分が眠っている間に色々と落ち着いたみたいだな……と、零が考えていると、寝室のドアが開き、予想外の人物が姿を現した。
「おっ、起きたか。体調はどうだい、零?」
「くっ、来栖先輩!? どうしてここに!?」
軽く手を上げて挨拶をしながら顔を覗かせた玲央へと、素っ頓狂な叫びをあげる零。
まさか、事務所のNo.2である彼女が風邪をひいた自分のところにやって来るだなんて、と驚きを隠せない彼に対して、喉を大事にしろとジェスチャーをしながら玲央が言う。
「今日は事務所の方に用事があってね、そんなタイミングでお前が風邪ひいたっていうから、気になってさ。喜屋武と一緒に様子を見に来たんだよ」
「喜屋武さんも来てくれてるんですか!?」
「ああ、そうだよ。今は向こうの片付けしながら、おかゆ作ってる。あっちの作業がひと段落したから様子を見に来たら、お前が起きてたってわけ」
そう言いながら自分の近くにやって来た玲央の姿を見た零が、ぱっと左手で口を押さえる。
心配そうに彼女の方をちらちらと見やる彼に対して、苦笑した玲央が挑発的な口調で言った。
「ほう? お前はこの来栖玲央さまがちんけな風邪に負けて体調を崩すと思ってるのか? アタシも随分と舐められたもんだな」
「い、いや、負けるとは思ってないですけど……歌を生業とする来栖先輩にとっては喉はすごく大事なものですし、少しでもそれを傷付けるかもしれないってなったら、こんな反応にもなりますよ」
本来、【CRE8】どころかVtuber界隈でも上位に位置するタレントである玲央が、風邪をひいた自分のお見舞いや看病に来ること自体が異常なのだ。
ここで彼女が自分に風邪を移されたとしたら、仮に炎上しなくとも零は自分自身を許せなくなる。
そんなふうに元来の真面目さを覗かせる零の反応に小さく微笑んだ玲央は、何度か頷いた後で少しだけ彼から距離を取ると、言った。
「まあ、そうかもな。でもさ、自分のことばっかり考えて、苦しんでる仲間に見向きもしない先輩なんて、格好悪いだろ? きちんとリスクマネジメントはしてるし、体調管理に関しても気を遣ってるからさ、体調が悪い時くらいは他人に甘えときなよ」
「……うっす」
また有栖に言われたようなことを指摘されてしまったなと、玲央の言葉に頷きながら零が思う。
無論、玲央は気軽に甘えられるような相手ではないことはわかっているが、こうしてわざわざ見舞いに来てくれた彼女に対して、自分の反応は無粋だったかもしれないと考えて凹む彼に対して、今度は強めに笑った玲央がある一点を指差しながら言う。
「それに、アタシ的にはお前も少しはリスクを考えた方がいいと思うよ。スキャンダル発覚だなんて、笑えないからな」
「え……?」
彼女が何を言っているのかわからない零が、困惑しながら玲央の指し示す先を見てみれば……そこには、眠っている有栖に強く握られたままの自分の右手があった。
彼女の小さく柔らかい手の感触と、先程の夢の内容を思い返して頬を赤らめた零に対して、茶目っ気を見せた玲央がからかいの言葉を投げかける。
「お熱いね、お二人さん。仲がいいとは思っていたが、ここまでとは思わなかったよ」
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