狙われた、クリアファイル

「枢のファイルが無い、だと……!?」


 ファイルがずらっと並べられた棚の中にある、不自然な空白。

 そこに本来あるべき、蛇道枢クリアファイル(私服Ver)が存在していないことを目にした界人がもう一度状況を確認し始める。


 現在時刻は午前十時過ぎ、コラボキャンペーンが始まって間もないタイミングだ。

 キャンペーンの告知ポスターには蛇道枢が私服を着ているイラストがしっかりと載っているし、ファイルは合計十種類と明記されている。


 だが、目の前の棚にはどうしてだか二期生のクリアファイルが九種類しか存在していない。

 他のファイルたちは一種類につき十枚程度の数が揃えられているというのに、どうしてだか私服衣装枢のファイルだけが一枚も無いのだ。


 この不可思議な事態に首を傾げた界人は、店員の品出しが間に合っていないのではないかというごく自然な結論へと至った。

 後続の【CRE8】ファンたちのためにも、ここは自分がこのことを指摘しておかなくては……と考えた彼は、近くにいた男性店員へと声をかける。


「すいません、ちょっといいでしょうか?」


「はい、どうかされましたか?」


「あそこにあるファイルなんですけど、一種類だけ出てないみたいなんです。出し忘れですかね?」


「え? あれ……?」


 棚を指差し、そこにある不自然な空白を指し示した界人からの言葉を受けた店員が何とも奇妙な呻きを漏らす。

 目を細め、じっとそこを見つめた彼は、先程の界人と同じく不思議で仕方がないといった様子で首を傾げながらこうこぼした。


「おかしいですね。さっき、全種類あることを確認したはずなんだけどな。無いのって男の子のファイルですよね? 女の子だらけの中で珍しいなと思ってたんで記憶に残ってるんで、出したのは間違いないですが……?」


「えぇ……? じゃあどうして、あそこに無いんだ……?」


 店員は確かにファイルを出したと、そう言ったことに対して眉をひそめる界人。

 彼の口振りから察するに、思い違いという感じではなさそうだし……と、警察官らしくこの不思議な事件の真相を探ろうとした彼であったが、その答えは間もなく判明することとなった。


「あっっ!?」


 突如として大声を出した店員が、店の一角を指差す。

 釣られてそちらへと視線を向けた界人は、驚きに目を見開きながら言葉を失ってしまった。


「むふ、ふ~、ふふふ、ふふふふふふ……!!」


 コンビニエンスストアの一角にある、セルフレジ。そこで会計を行っている女性が一人。

 彼女が持つかごの中には大量のお菓子と……蛇道枢クリアファイル(私服Ver)が収められていた。


 数から見るに、彼女がこのコンビニにある枢のファイルを全て掻っ攫っていったのだろう。

 一人でファイルを独占しようとするその女性の後ろ姿をぽかんと見つめていた界人であったが、ふるふると首を振ると意を決して彼女へと声をかけた。


「あの、すいません……」


「……なに? なんか用?」


 どうして休憩中だというのにこんな職務質問のような真似をしなくてはならないのかと思いながら界人が女性へと声をかければ、彼女は実に不機嫌そうな表情を浮かべながらこちらへと振り返ってきた。

 その様子に若干のとっつきにくさを感じながらも、そこは警察官である彼は丁寧に諭すようにして彼女へと言う。


「そのファイルなんですけど、一人で全部独占するのは他の人のことを考えていない行動なんじゃないですかね? そのファイルが欲しい人は沢山いると思いますし、全部持っていくのは止めてもらえると助かるんですけど……」


 これからクリアファイルを求めてCマートを訪れるであろう【CRE8】や蛇道枢のファンのために、少しは思いやりを見せてくれと女性に頼む界人。

 これらの要求はごく一般的なものだと彼は考えていたのだが、その願いを聞いた女性は更に不機嫌そうな表情を強めると、怒気を荒げた声で言う。


「はぁ? どうして? なんでそんなことしなくちゃいけないの?」


「いや、だから他の欲しい人たちのことも考えて……」


「他の人なんて関係ない! 私が一番枢くんを愛してるんだから、私が全部持っていった方がいいの!」


 キィン、という音がぴったりな甲高い金切り声でそう叫ぶ女性の姿を見た瞬間、界人は理解した。

 あ、こいつ、話が通じない人間だ……と。


 警察官として仕事をしていく中、今の彼女と似たようなタイプの人間とは何度も出会ったことがある。

 界人がその時の出来事を振り返る最中にも、女性は自分の主張を大声で叫び続けていた。

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