PマンVS独占怪獣ヤランゾ

「私は枢くんを愛しているの! だからこそ、こうしてキャンペーンが始まってすぐにお店に来て、枢くんのファイルを回収してるんじゃない! 本当は制服姿のファイルも欲しいけど、これ以上荷物が持てないから、仕方なく私服のファイルだけを集めてるの!」


「あ、あの、お客様。店内で大声を出すのは控えていただけると助かるのですが……」


 ヒートアップする女性を宥めようと店員が口を挟むも、その声も彼女の耳には届いていないようだ。

 どんどん自分だけの世界にのめり込んでいく女性は、口から唾を飛ばしながら界人と店員へと主張を続ける。


「枢くんのファイルが欲しいのなら、私より早くにお店に来て、先に回収しておけばよかったじゃない! それができてない時点で枢くんに向ける愛が私より下ってことなんだから、文句を言う権利なんてないわよ!」


「いえ、その、お客様一人一人には事情というものがありますし、こちらのお客様が仰るように、後から当店を訪れる方々への配慮をお願いできませんでしょうか?」


「やだ。絶対にやだ! なんで私の枢くんが他の女と並んでる状態を作らなきゃいけないわけ? 枢くんは私のなのに! どうして他のビッチ共と同じ場所に並べるの? 枢くんが他の女と一緒にいるところなんて見たくない! 全員集合のポストカードも要らない! セルフレジでわざわざ会計してるんだから、その辺のこともわかってよ!!」


 そういうことか、と女性の真意を理解した界人が心の中で大きく頷く。

 要するに彼女は蛇道枢のガチ恋勢であると同時に、とんでもない厄介ファンだということだ。


 枢が同期や他の箱の女性タレントと絡むことが許せない。自分だけのアイドルでいてほしい。

 コラボ配信はもちろん、こうしてグッズが他の女たちと一緒に棚に並んでいる状況すら許せないという病的な妄執に囚われている。

 その想いのままに行動する彼女は、独占欲を滾らせた、周りの人たちのことなど一切目に入らない、考えられない状態でファイルを収集しているのだ。


 これはもう、諦めるしかない。この手合いの人間が他人の話に耳を貸すわけがないのだから。

 その予想通りに会計を終えた女性は、お菓子とファイルでパンパンになったビニール袋を掴むと、キーキーと騒ぎながらコンビニを出ていってしまった。


「あっ! そっちの制服姿のファイルも予約するから、他の誰にも売るんじゃないわよ! 言ったからね! 私、言ったからね!」


「………」


 捨て台詞もとい、謎の予約宣言をしてから今度こそ姿を消した女性のことを、界人や店員、他の客たちも呆気にとられた様子で見つめている。

 大型ハリケーン並の暴風を巻き起こした彼女が振り撒いた被害からようやく立ち直った一同が各々のルーティンに戻る中、気を取り直した界人はため息を吐いてから隣に立つ店員へと話しかけた。


「あの、ファイルなんですけど……」


「ああ、申し訳ありません。あの種類のファイルは先程のお客様が持って行ってしまったので全てでして……」


「そう、ですか……」


 バックヤードに余りが保管されていることを期待した界人であったが、残念ながらそんな上手い話はなかったようだ。

 がっくりと肩を落とす彼に向け、申し訳なさそうな表情を浮かべた店員が言う。


「本当に申し訳ありません。我々の対処不足で、お客様にご不快な思いをさせてしまいました」


「いえ、大丈夫です。むしろこっちこそすいませんでした」


 この店にも、この店員にも罪はない。自分も彼らも、運が悪かっただけだ。

 そう考えを切り替えた界人は残っているファイルの中から欲しい物を選ぶと、それを手にしているかごの中に入れてレジへと進んでいった。


(まあまあ、まだ時間はある。慌てるような時間じゃあないさ)


 最推しのファイルを片方確保し損ねたが、もう片方は手に入れることができた。

 キャンペーンの期間にはまだ時間はあるし、Cマートの店舗も職場や自宅付近に幾つも点在しているのだから、焦る必要なんてない。


 そう自分自身に言い聞かせた界人は、クリアファイルと特典のポストカードをレジの店員から受け取ると、それを鞄にしまってから職場へと戻っていくのであった。





現在のグッズ確保状況


クリアファイル

・蛇道枢(Cマート制服)

・羊坂芽衣(私服、Cマート制服)

・全員集合イラストA


ポストカード

・全員集合イラストA

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