短編・帰ってきたシン・Pマン

ご唱和ください、彼の名を!

 ……皆さんは、覚えているだろうか?

 今より数か月前、二期生ウイークの中でこんな発表があったことを。


 【CRE8】二期生とコンビニエンスストア【Cマート】がコラボ決定! 対象商品を購入した方に、特製クリアファイルをプレゼント!


 クイズ企画の中で発表されたこの情報は、配信を観ていたリスナーたちを大いに盛り上がらせた。

 彼らは来たるコラボ開始日……九月一日を今か今かと待ち侘び、胸を高鳴らせながらその日を楽しみにし続けたそうな。

 それから暫くして、二期生ウイークが終わり、夏休みも終わり、季節が秋に突入した頃、Cマート多くの人々が待ち続けたコラボ企画がスタートした。

 

 対象商品を二点購入することで全十種類あるクリアファイルから一点を選んでもらうことができ、更に対象商品五点以上の購入で特製クリアファイルとポストカードが貰えるというシンプルな企画だが、ここでファンたちの耳に予想もしていなかった情報が飛び込んでくる。

 なんと、今回の企画で配布されたグッズを専用のリーダーで読み取ることによって、この企画のために収録した二期生たちの限定ボイスが聞けるというのだ。


 この情報は【CRE8】の公式SNSアカウントやサイト、Cマートのコラボキャンペーン特製サイト、更にはボイス脚本を担当した一期生、『左右田紗理奈そうだ さりな』が大々的に宣伝したことによって瞬く間に知れ渡り、ファンたちの購買意識を大いに煽る効果を発揮した。


 推したちがどんな台詞をどんなふうに喋るのか? それを知ることができるのは、実際に特典を手に入れた者のみ。

 初のコラボグッズを集めたいというのもあるが、全員のボイスを聞くためにも必ずや全種類をコンプリートしてみせるぞと、ファンたちは俄然やる気を出して全国各地のCマートを巡り始めた。


 そして……その中には当然、も含まれている。

 蛇道枢ガチ勢筆頭。原初のガチホモニキ。枢のところのヤベー奴。多分非合法な薬をキメている男。

 そんな名誉ある(?)あだ名で呼ばれるその男の名は、ハンドルネーム『Pマン』。

 本名、源田界人。二十七歳独身、職業警察官。


 この物語は、推しを応援することに命を懸ける男の壮絶な一日を描いた、闘いの記録である。






「……メインのカレーパンとデザートのホワイトチョコ。カレーといえば枢で、白といえば芽衣ちゃん。つまり俺が今日食べるのはただのカレーパンとチョコじゃない。くるめいのてぇてぇということだ」


 午前十時、職場近くにあるCマートの中に、彼はいた。

 いつもはもっと近い場所にあるコンビニを利用する彼だが、今回は違う。

 もっといってしまえば、こんな時間帯にわざわざ理由をつけて職場の外に出たりしないわけで、そのことからも彼の本気度合いが見て取れるだろう。


 登場早々に明らかにヤベー台詞を口にしているこの男こそ、我らが主人公、蛇道枢へと全力の愛を送るガチホモニキPマンこと、源田界人その人だ。

 手にしているかごの中にはコラボキャンペーン対象商品であるカレーパンとホワイトチョコが入れられており、このことからも彼の狙いが特典のクリアファイルであることがわかる。


 キャンペーンが始まる時刻は午前十時から。そのスタートダッシュのために、彼はわざわざ仕事場を抜け出してこうして買い物に来ているというわけだ。

 とはいっても、即座に職場に戻らざるを得ない都合上、全十種類+二種のクリアファイルとポストカードを全て回収することはできない。

 あくまでこれは狙った商品を確実にゲットするための行動であり、本格的な回収は仕事が終わった後に始める予定だ。


(この二つに加えて飲み物を二本と追加でパンを二つ。合計六つの商品購入だから、クリアファイル三点と五つ以上の商品購入で貰えるクリアファイル&カードをゲットだぜ!)


 ふっふっふ、と笑みを浮かべながら小さくガッツポーズをする界人。

 傍から見ると完全に怪しい人なのだが、彼は真剣な戦いの真っ最中なので、そんなことを言ってはいけない。


 何はともあれ、合計六点の商品をかごに入れた彼は、そのまま特典のクリアファイルがまとめられているスペースまでやってきた。

 そこに並ぶ推したちの姿を眺めながら、彼はムフフと幸せそうな笑みを浮かべる。


(いや~、楽しみだな~! 枢たちの私服姿に、Cマートの制服姿のイラスト!! それにそれぞれにボイスが入ってるだなんて最高じゃあないか!!)


 このキャンペーン限定のクリアファイルに、特典ボイス。その両方を楽しみにしている界人は胸を弾ませながらファイルが並ぶ棚を眺める。

 推したちは自分にどんな言葉を投げかけ、どんなふうにその台詞を口にして、どのような幸せを与えてくれるのだろうか?

 想像するだけで興奮が止まらなくなっている彼の姿はやっぱり不審者そのものなのであるが、これまたそのことを指摘してはいけない。彼も彼で色々と大変なのだから。


 そんなふうに厳つい成人男性が見せてはいけない浮かれた雰囲気を醸し出しながら、界人はお目当ての品を物色していく。

 まずは最推しである枢のクリアファイルを二種類確保して、その後はくるめいのために芽衣ちゃんのファイルをゲットしておこう! と考えていた彼であったが……とあることに気が付いた瞬間、その手の動きがぴたりと止まった。


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