有栖、拗ねる
「……え?」
心苦しい……本当に心苦しい。
呆然とした有栖の声を耳にした零が真っ先に覚えた感想がそれだ。
【CRE8】唯一の男性タレントである蛇道枢は、男女CPにおける男役を一身に担う存在である。
だからこそ、つい先程天が言っていたように、多くのCP絵において竿役とでも呼ばれる役目を引き受ける羽目になっているのだが……見方を変えるとそれは、浮気とでも呼べる状況にもなっていた。
「あ、あの、有栖さん? わかってると思うけど、これはあくまで俺たちのVtuberとしての姿の話かつ、リスナーたちが描いてくれたファンアートの話であって、俺たち本人には一切関係のない話だから、ね……?」
「え? ああ、うん。わかってる、わかってるよ……」
どうしてこんな気持ちにならなければならないんだと思いながら、少なからずショックを受けていそうな有栖へと注意を促す零。
これじゃあまるで恋人に浮気がバレた彼氏が言い訳をしているみたいじゃあないかと不謹慎な状況を想像して彼が焦る中、クイーンオブ余計なことを言う奴こと秤屋天が会話に口を挟む。
「有栖ちゃん、男っていうのはこういう生き物なのよ。口ではこう言っておきながら、チャンスがあればすぐに他の女のところにふらふらと飛んでいっちゃうわけ」
「秤屋さん? ちょっと黙っていてもらえませんか? っていうか、誤解を招く発言をしないでもらえます?」
「かわいい彼女だけじゃ物足りず、大きいおっぱいのお姉さんに浮気したかと思えば、今度は妹分にまで手を出し、更には事務所の先輩や彼女の親友までちょっかいをかける……そんなシチュエーションに趣を覚えてしまう悪い性は、零にもあったっていうことね……」
「おい、いい加減にしろよ? 配信に乗ってないからって何言ってもいいってわけじゃねえんだぞ!? そろそろあんた、本気でぶん殴ってやろうか!?」
現実とバーチャルを同一視する天の発言にツッコミを超えたブチギレモードで食って掛かる零。
悪ノリだとしても限度を超えている彼女の言動に怒りを覚えた彼の叫びがこだまする中、ここまでの話を黙って聞いていた有栖が小さな声でぼそりと呟く。
「……零くんの浮気者。スケコマシ。考えてみれば、気まずくなってたのは私だけだったし……女の子を口説くのに慣れてたんだね」
「有栖さんっ!? だからこれはあくまでファンアートの話であって、現実の俺らには関係は――」
「わかってるもん。言ってみただけだもん。でも、ああいう絵を見て零くんも少しはどきどきしてるのかなって思ってたのに、意識してたのは私だけだなんて馬鹿みたいじゃない……」
「いや! 俺だって緊張もしたし、気まずくなったりもしたよ!? でもそれをぐっと堪えて表に出さないのが男としての心意気ってやつであって、決して一切動じてなかったわけじゃあないんだからね!?」
「わー、知ってる! こぃ、修羅場ってやづだよね!」
「痴話喧嘩ともいうね~! 拗ねる有栖ちゃんもかわいいから、どうぞそのまま続けてちょうだいよ~!」
「か~っ! 愉快、愉快! 焦る零を見るのは堪んねえなあ!! いつもは私を馬鹿にする野郎が大慌てする様は最高だぜ~っ!!」
「そこっ! 人の不幸を大喜びで鑑賞すんじゃない!! 有栖さんも真に受けないの! これは悪い大人たちの悪いいたずらなんだから!」
「……ぷいっ」
困り果てる自分のことをお気楽ムードで眺めている同期たちを叱りつつ、有栖へと注意する零であったが……残念ながら、それは逆効果だったようだ。
親のように自分を叱る彼の言葉に耳を貸さず、そっぽを向いてしまった有栖は完全に拗ねモードに突入している。
普段は聞き分けのいい彼女がここまで話をこじれさせるだなんて、と解決の糸口が見えない状況に危機感を募らせる零は、成人向けイラストの恐ろしさを改めて実感していた。
「ほら~! どうにか有栖ちゃんを宥めなきゃだめだよ~! 零くん、頑張れ! 頑張れ!」
「ぺったんこでも君の裸が一番素敵だとか、今すぐ君を抱き締めたいだとか、そういう言葉で口説いてやれよ~!」
「ふざけんな! 悪ノリを続けるんじゃねえ、このダメ大人たちが! そもそも十八歳未満の三瓶さんの前でそんなことを言えるわけないでしょうが!!」
「あ、わー、お邪魔だば退出すべが?」
「しないでください! っていうか、ここであなたが抜けたら、なんでこんな話をしてるのか完全にわけがわかんなくなっちゃうでしょうが!」
ボケ三人に対して、ツッコミが自分一人だけという正に孤立無援の状況で奮戦する零は、完全にお怒りモードに突入していた。
このままいいようにやられて堪るものかと、流石に我慢の限界を迎えた彼は、捨て身の反撃を敢行する。
「そもそもあんたら、ずっと俺のエロ絵についてばかり話してるけどな、自分たちはどうなんだよ!? フェアに行こうぜ、フェアにさ!!」
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