信頼がなきゃ、何もできない
【もうそろそろ夏になるけど、新衣装とかの予定ってありますか!?】
『あ~、新衣装ね~……そっちもなあ、難しいんだよねぇ……』
移り変わる季節に合わせての衣替えであり、Vtuberが行う配信の中でも高い注目を集める企画である新衣装発表に関しての質問に対しても、マリはなかなかに渋い返事をするしかない。
正直に言えば、やりたい気持ちはある。だが、気持ちだけではどうにもならないのが世の中の悲しいところなのだ。
新衣装発表配信を行うためには、当然ながら新しい衣装の発注を行わなければならない。
イラストレーターに報酬を支払って衣装を発注するというのがまずやるべきことではあるが、その先にやらなければならないこともある。
そのイラストをVtuberとしての活動に使用できるようにするモデリングがそれだ。
PCの前にいるマリに合わせて体を動かしたり表情を変化させることはもちろん、髪や着ている服を靡かせるといったイラストに息を吹き込むための作業も行わなければならない。
目や口といった体のパーツ一つ一つに動きを付けるためのモデリングは大変な作業であり、当然ながらこちらもそれを生業としているモデラ―に依頼するわけだが、それにもまた費用がかかるわけだ。
企業に所属しているVtuberの場合、自社にそれ専門のスタッフを雇っていたりする場合もあるため、そこに関してはあまり気にする必要はない。
イラストレーターとも円滑な関係を築けている場合が大半で、費用はしっかり支払わなければならないものの信頼できる相手に新衣装を作ってもらえるというのは安心感がある。
更に、チャンネル登録者数が一定数を突破したご褒美や何かしらのイベントに際して会社が費用を全額負担して新衣装を作ってくれたりすることもあり、そう言った面でも優遇されているといえるだろう。
特に【CRE8】は社長が新衣装のイラストやデザインを手掛けることができる薫子であるため、その強みを活かして季節折々で会社主導の下、所属タレントたちに新衣装を用意したりしている。
1期生2期生揃っての水着衣装アップデートもその一環であり、ファンたちは推したちの新たな姿を見ることができる機会を楽しみにしながら期待を募らせていた。
……とまあ、枢たちの話はここまでにして、マリの話に戻ろう。
彼女の場合、イラストは自分で用意できるからいいものの、モデラ―に関しては話は別だ。
デビューの際に世話になったモデラ―はいるが、その人物とは炎上を機に疎遠になってしまっている。
ならば他の人物を探して……という形になるのが当然の流れだろうが、あれだけの大炎上をかました半ば犯罪者と呼ばれても仕方がないマリを相手に仕事をしてくれるモデラ―というのはなかなかに見つからないものだ。
要するに、信頼が足りないのである。
企業勢ならば一応は会社や事務所という後ろ盾があるが、個人勢にはそうはいかない。
単純に金銭のやり取りだけでなく、その人物と一緒に仕事をしても自分の名誉や社会的地位に傷を付けることがないか? というのはイラストレーターとしてもモデラ―としても本当に大切な部分なのだ。
残念ながら、本当に残念ながら……マリにはその信頼がない。
こいつを相手に仕事をしてもいいと思わせる大事なピースが欠けており、それが故に誰かの手を借りなければ実現できない企画が行えないのである。
コラボもそうだが、やはり炎上してしまった後というのはできることがめっきりと減ってしまう。
それもこれも全ては自分が不用意な行動をしたせいで周囲からの信用を失ってしまったからだということを理解しているマリは、悔しそうに唸りながら呟いた。
『やっぱまだまだだな。コラボも新衣装も、いったいいつになったらできるようになるのかな……?』
今はまだ、派手に動く時ではない。失った信頼を取り戻すために、一歩ずつ前に進んでいく場面だ。
チャンネル登録者よりも大きなものを失ったことを改めて自覚したマリは、それでもめげずになくしたものを再び積み上げていこうと決意し、本日の配信を進めていくのであった。
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