武器がないのって、大変だ
それからまた暫く経って、季節は夏に突入しようとしていた。
今週の配信予定表を作っていたマリは、その中身を見ながら口を尖らせている。
デスクの上に両肘を乗せ、頬杖をついて複雑な表情を浮かべる彼女は、ふはぁ~という盛大なため息の後に愚痴っぽい呟きを漏らした。
「配信がワンパターン化しちゃってるなぁ……強みがないっていうか、なんていうか……」
予定表に載っている配信の内容は毎週ほぼ同じ。ゲーム実況、お絵かき、雑談の3つを繰り返しているだけである。
無論、全ての配信が全く同じということはないが……それでも代わり映えしないパターンじみたものになっている自覚はあった。
「やっぱ私ってばヤベー女キャラで売ってたVtuberだったんだなぁ……」
最初のバズりというのは本当に偶然で、Vtuberファンたちが求めていたキャラクター性とかつての自分の活動方針が合致していたから起こったものなのだということが身に染みて理解できる。
こうして自分のワンパターンな配信内容を見てしまうと、マリ自身には強みというものがないということが嫌という程に突きつけられている気分になった。
自業自得の炎上の後にも自分を応援してくれている牧草農家たちがこの程度のことで離れることはないのだろう。
だが、逆にここから新規のファンを開拓することもまた困難になっている。
今のマリの配信は、ファン向けのものになっていた。つまりは内輪向けの活動をしており、そこに外部から人を連れ込む工夫が存在していないのだ。
何か一つでも強みがあれば話は別なのだが……残念なことに、マリには取り立てて特技といえるものは存在していなかった。
抜群のゲームの腕前も、人々を魅了する歌声も、高い演技力や雑談能力も、持ち合わせていない。
BANを恐れず発狂暴言何でもありのぶっ飛んだ活動をしていたからこそ注目を集めていたのだと、改めて自分の過去を振り返ってその幸運のありがたみを理解したマリは、再びため息を吐いた後でぼやくようにして呟く。
「やっぱ強みって大事だよなぁ~……企業勢は大体がそういう武器持ってるし、だからこそ合格できたんだろうしさぁ」
羊坂芽衣には動画の編集能力やサムネイル作りに秀でているという武器がある。
配信の合間に投稿される動画は丁寧であるとファンからも好評だし、何時間もかかる配信の視聴と違って十分ちょっとで終わる動画は新規のファンも触れやすく、そこが新人めいとたちの入り口になっているのだろう。
蛇道枢は配信上でのトーク技術と雑談を捌く能力が凄いと評判だ。
誰と組んでもトークを円滑に進めることができるし、単体でもリスナーのコメントを拾ってはツッコミを入れたりそこから話を広げたりと様々な話術で配信を盛り上げている。
そういった部分を切り抜いたファン制作動画の視聴回数は凄いことになっているし、そこから新規参入するファンたちも多いようだ。
【CRE8】で唯一の男性Vtuberであり、人柄の良さも知れ渡っている彼は事務所に新しいファンを呼び込むことにも成功している。
こうして考えると人気になったVtuberというのは何かしらの武器があるということがわかるが、今のマリにはそれがない。
かつての荒々しさを封印して再出発を果たした彼女には、過去のバズりを再来させるだけの何かが足りないのである。
特にマリは炎上を機に信頼を失い、界隈のファンや同業者たちからのイメージはマイナスの状態であるから、それも加味すると新規の獲得ハードルは更に上がってしまう。
改めて……自分はまだマイナスの状態なのだと理解した彼女は、背もたれに寄りかかると天井を見上げて青色のため息を吐き出した。
そこからがっくりと項垂れたマリは、おでこをデスクに押し付けながら小さな声で呻く。
「炎上を切っ掛けにここまで変わっちゃうなんてなあ……仕方がないこととはいえ、枢くんとは真逆過ぎて辛いよ……」
同じ炎上を経験した仲間でも、マリと枢とではその後が大きく違う。
枢は本人が悪いことをしたわけではないのだから当然だろうが、あまりにも差があり過ぎる自分と彼との現在を比較したマリはどうにも苦しさを止められないでいた。
同じ炎上経験者でも、その先の展開がこうも違うものなのか。
全てはやらかしてしまった自分が悪いわけだから仕方がないが、それにしたってこのマイナス評価はいつになったら払拭することができるのだろうか――
「……ん? ちょっと待てよ……?」
――と、炎上を機に変化してしまった自分の現在へと思いを馳せていたマリは、そこであることを思い付いて顔を上げた。
PCの画面を見て、今週の自分の配信予定表を確認した彼女は、暫し考えた後でその一部を修正し始める。
「やるだけやってみる価値はあるでしょ。失敗したとして、前みたいな炎上まで発展することはないでしょうし」
自分自身に言い聞かせるように呟いた彼女は、修正を終えた予定表をSNSに投稿し、大きく伸びをした。
そして、その新たな思い付きを成功させるために準備を始めるのであった。
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