二人目・三瓶スイ

『わっきゃ、Vtuberになれるど思いますか?』


 頭がおかしくなりそうな光景だ……ノートパソコンの画面に映し出されている人物の姿を目にしながら彼女が発した言葉を耳にした薫子はそんなことを思っていた。


 端正な顔立ちをした美少女。銀色の長髪を靡かせる彼女の姿は美しいの一言であり、まるで童話に出てくるお姫様のようだ。

 そんな彼女が、強い訛りの津軽弁を口から飛び出させた時には驚きを通り越して唖然としてしまった。


 彼女の最大の武器である歌に関しては文句をつける余地もない。

 ただ1つ、あまりにも大きな秘密を隠していた彼女、三瓶スイの問いに暫し悩んだ薫子は、真剣な表情を浮かべながらビデオ通話を行う彼女へとこう返事をする。


「全てはあなたの努力次第です。本気で打ち込み、夢を叶えるために努力するのならば、きっとあなたはVtuberとして大成するでしょう。少なくとも、私はそれだけの才能があなたにあると思っています」


『あ、ありがとうございます。努力、努力が……』


 薫子の言ったことに嘘はない。スイの歌唱能力は現在【CRE8】でNo.1の歌声を誇る玲央と比較しても遜色ないものだと彼女は思っている。

 玲央がシンガーならば、スイは歌姫だろうか? 見た目の印象的に差別化も容易だと考えている薫子は、強過ぎる程の個性である津軽弁も武器になると考えていた。


(最初は困惑されるかもしれないが、このギャップは間違いなく受ける。こういう売り方も十分にありなはずだ)


 見た目は外国のお姫様。だけど、話すのは訛りが強い津軽弁。

 妙なキャラクターをしていると思われるかもしれないが、それに魅力を見出すファンたちも絶対に多いはずだと考える薫子であったが、スイが発した言葉にその計画が打ち壊されてしまった。


『あ、あの……Vtuberになったら、雑談とかゲームの実況とか、沢山やらなきゃいけないです、か……?』


「え……?」


『わ、私……人前で、あまり喋りたくないんです。昔、大勢の人に方言を笑われたのがトラウマで、もうあんな思いをしたくないんです……!』


 たどたどしくゆっくりとした口調で自分の意志を告げるスイ。

 自分の意志を表明するその言葉に困惑する薫子は、彼女が考えている活動方針を確認するように質問を投げかける。


「つまり三瓶さんは、歌ってみた動画や歌配信のみでの活動を行っていきたい……ということでしょうか?」


『は、はい。そうやって時間稼いでら間さ標準語の勉強すて、でったらだイベントさ参加でぎるみでぐなりでなって思ってら』


 これは少し悩みどころだぞ、と考える薫子。

 どうやらスイは自分が考えているような容姿と方言というギャップを活かしたキャラクターでの活動ではなく、完全なる歌姫としての活動を望んでいるようだ。


 正直、Vtuberとして活動する以上は雑談やゲーム実況というメジャーな配信を行ってほしいというのが本音であり、1期生たちも基本的には王道的ともいえる活動を行ってくれている。

 その中に異色中の異色ともいえる歌配信のみでの活動を行うタレントを放り込むというのは、かなりの博打になるだろう。

 どうにかスイが意志を曲げてくれることを望む薫子であったが、彼女の決意は想像を超えるくらいに固いようだ。


『わ、我がままを言っていることは、わかってます。でも、でも……Vtuberとしての活動を通して、インターネットの世界で沢山の人たちに私の歌を聞いてもらいたいっていう想いは、本気です。一生懸命、標準語の勉強もします。歌の動画も配信も、他の人たちに負けないくらい頑張ってやります。だから、どうか……!』


「………」


 悩む、本当に悩む。スイをどうするか、簡単に判断を下すことはできない。

 確かに彼女が言っていることは我がままで、あまり好ましくないことではある。

 だが、その内に秘める情熱と過去の経験からくるトラウマは本物で、それを軽く見ることは薫子にはできなかった。


 ここで彼女を落とすのは簡単だ。だが、それで本当にいいのだろうか?

 少なくともスイがVtuberという存在に憧れを抱いていることは間違いなくて、彼女には叶えたい夢がある。

 大きな博打になるかもしれないが……そんな彼女のことを応援し、成長を見守りたいと考えてしまっている自分がいることも確かだ。


 先程自分が言った、スイには成功できるだけの才能があるという言葉に嘘はない。

 ならば……彼女の今後に期待するのも悪くはないだろう。


「……もう少し、私たちには話し合いが必要だと思います。ですが、三瓶さんの歌に対しての情熱は本物です。その部分を私は高く評価しています。歌に集中して活動するタレントという尖った存在がいるのも、決して悪いことではないのかもしれません」


『じゃ、じゃあ……!!』


「確約はできません。しかし、デビューを目指して少しずつ打ち合わせを進めていきましょう。ここまでは譲歩できるラインを探っていって、少しでも柔軟な活動ができるよう、話し合っていきましょう」


 結局、薫子はスイを放り出すことはできなかった。

 まだ幼さの残る彼女の心の中にある確かな輝きが広がっていく様子を見てみたいと思ってしまったからだ。


 後はスイの意志を尊重しつつ、Vtuberとしての活動の幅を少しでも広げられるように打ち合わせを進めていこう。

 Vtuberとしての活動し、同期たちと関わる中でもしかしたら彼女の心境に変化が起きるかもしれないという一縷の望みを持ちながら、薫子は思う。


 スイが自分自身の殻を打ち砕くことができれば、彼女の成功は絶対のものになると思いながら、薫子は嬉しそうに笑うスイを見つめ続けるのであった。

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