一人目・喜屋武沙織

「わざわざ遠くから足を運んでくださり、本当にありがとうございます。沖縄からこちらまで来るだなんて、大変だったでしょう?」


「いえいえ、私も地元を出てこっちで生活したいな~と思っていたのでちょうどよかったですよ。オーディションの合否に関わらず、下見のために来たっていう意味もありますし」


 冬、1月の下旬。年明けムードも治まって世間が落ち着き始めた頃、薫子は1人の女性と面接を行っていた。

 沖縄出身である彼女、喜屋武沙織は、魅力的なスタイルをすっぽりと隠す厚手のセーターを指で摘まみながら笑顔で言う。


「こっちは想像以上に寒いですね。しっかり厚着しておいてよかったです」


「はは、沖縄と比べればどこも寒いですよ」


 標準語の敬語で話す沙織であるが、そのイントネーションには僅かに沖縄の訛りが混じっている。

 しかし、薫子がそれを聞き苦しいと思うことはなく、むしろチャームポイントの1つであるという印象を覚えた。


 こうして会話をしてみた感じ、沙織のコミュニケーション能力や性格にマズいと思うところは見受けられない。

 動画の編集に関してはやや拙いと思うところがあるが、そこは今後の努力や外部の人間に協力を求めれることでどうとでもなるはずだ。


 送られてきた動画で見せた彼女のトークセンスや歌の技術は他の応募者たちを圧倒していた。

 少なくとも、総合力でいえば頭一つどころか三つも四つもずば抜けている沙織は、かなりの有望株といえるだろう。


「……メールでもお話しましたが、喜屋武さんは九割方合格と考えて間違いないでしょう。あなたはタレントとして高い魅力と能力を兼ね備えています。私たちもあなたのような人を欲していましたし、Vtuberとしてデビューすれば人気を獲得するに違いないと考えています」


「あはは、褒め過ぎですよ~。でも、社長さんにそこまで言ってもらえて凄く嬉しいです。ありがとうございます」


 薫子から高く評価してもらえたことに笑顔を見せながら感想を述べる沙織。

 小さく頭を下げ、感謝を告げる彼女のことを真っ直ぐに見つめる薫子は、一拍間を空けた後で本題を切り出した。


「ただ……最終的な判断を下す前に、喜屋武さんに確認しておきたいことがあります。あなたの、過去についてです」


「………」


 ぴくりと、沙織の体が小さく震えた。

 僅かに目を見開いた後で浮かべていた笑みを引っ込めた彼女は、真剣な面持ちで薫子へと視線を向けている。


 その視線にも負けずに沙織のことを見つめ返す薫子は、自分が調べた情報を公開すると共に彼女へと話をしていった。


「過去、あなたがアイドルとして芸能活動をしていたということは調べがついています。2年前に引退し、沖縄で生活していたようですが……どうして今、Vtuberとしてデビューしようとお思いになったのでしょうか?」


 愛嬌とパフォーマンス能力の高さはアイドルとして活動していた時の経験で培われたもの。

 アイドルグループ『SunRise』のセンターとして高い人気を博し、メジャーデビュー目前までいきながらどうしてその活動を辞めてしまったのかという薫子からの質問に対して深く息を吐いた沙織は、真摯な表情を彼女に向けながら口を開く。


「……本当にちょうどよかった。実は、私もそれについてお話しようと思ってこちらに足を運んだんです。実際に見てもらった方が早いと思ったので……」


 どこか哀愁を含む声色でそう語った彼女が、タートルネックセーターの首部分を捲り上げる。

 そうして、薫子へと自身の体に刻まれた醜く痛々しい傷跡を見せつけた彼女は、自嘲気味に笑いながらこう告げた。


「……これが私がアイドルを辞めた理由です。過去、傷害事件の被害に遭った時に消すことが不可能な傷を首という目立つ部分に受けてしまいまして……これではもう、アイドルとしての活動は不可能だと判断し、引退したんです」


「……そうだったんですね。辛い過去について話させてしまい、申し訳ありません」


「いいえ、私も覚悟を決めてこちらの事務所を訪れたわけですし、こういう質問をされるって予想もしてました。むしろ、社長さんの方から話を切り出してもらえて助かりましたよ」


 そう言いながら明るい笑みを浮かべる沙織を見た薫子は、同時に彼女の内側から溢れる希望の光を目にしていた。

 理不尽な運命によってアイドルとしての夢を奪われた彼女が、Vtuberという存在に出会ったことで再びその夢を追いかけられるかもしれないと……そう、期待を抱いていることを理解した薫子の前で、沙織が自身を突き動かす夢について語っていく。


「ご覧の通り、私はもう喜屋武沙織としてステージに立つことはできません。この醜い傷を消すことができない以上、アイドルとしての活動はできないとそう思っていました。でも、Vtuberなら……私であって、私でない存在になることができるVtuberなら、もう一度夢を追えるんじゃないかって、そう思ったんです。ステージに立って、沢山の人たちを魅了して、世界で一番のアイドルになりたい。その夢を叶えるため、私は【CRE8】さんのオーディションに参加しました」


 瞳に宿る強い光。このチャンスを逃しはしないという確固たる覚悟。

 沙織を突き動かす希望と夢の力強さを感じ取った薫子は大きく頷くと共に立ち上がり、彼女へと手を差し伸べる。


「喜屋武沙織さん。私たちは、あなたのその夢を全力で応援させていただきます。一筋縄ではいかない過酷な道かもしれませんが……共に歩んでいきましょう」


「……はい。よろしくお願いします」


 沙織が立ち上がり、薫子の手を掴んで固い握手を交わす。

 その手から感じる温かく強い鼓動に笑みを浮かべた薫子は、改めて彼女に向けて歓迎の言葉を述べた。


「ようこそ【CRE8】へ。我々は、夢を追う強い意志を持つあなたを歓迎します」

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