焦るな、信じろ

『くっ……!!』


 僅かとはいえ、ルピアが自分より高所に陣取っている姿を見た陽彩が小さく呻きながら背後へとワイヤーを射出する。

 グラップリングによる移動でライバルから距離を取る彼女の背をいくつかの弾丸が襲うが、距離による威力減衰のお陰か大したダメージになっていないようだ。


 そうやって逃げる彼女をじっと見つめた後、瓦礫の山からずざざっ、と音を響かせながら降りてきたルピアは、焦ることなく陽彩の追跡を始める。


『わかってるでしょう、魚住しずく。こうしてあなたが逃げれば逃げる程、私たちにとって有利な展開になっていくってことは……』


 通話が繋がっているわけではないのだからこの声が陽彩に届くことはないのだが、きっと彼女も同じことを考えてるであろうと予想したルピアが小さな声で呟く。

 そして、その予想の通りのことを考えている陽彩は、自分を追跡してくるルピアから隠れてアーマーの耐久値を回復させながら強い焦燥感を抱いていた。


(このままじゃマズい。ボクのところに夕張さんが、零くんのところに三三さんが来たってことは……!)


 ルピアたちが集団戦を捨て、1対1の勝負を選択したことはこの状況を見れば明らかだ。

 3人が3人、それぞれ自分の実力に見合った相手を選んで、決闘ともいえる戦いに臨んでいる。


 チームリーダーであるルピアが同じくリーダーである陽彩に当たり、索敵キャラ使いの三三もまた同じキャラを使う零を待ち受けていた、ということは……残る武道ゆかりが向かった先は――


『きゃああっ!?』


『芽衣ちゃんっ!?』


 そこまで考えたところで聞こえてくる、有栖の悲鳴。

 その叫びに動揺した陽彩が焦りを隠せていない声で彼女に反応を求めれば、苦しそうに呻く有栖の声が返ってきた。


『大丈夫……ちょっと不意打ちされて、アーマーが割れちゃっただけだから……!! まだ、戦えるっ!』


 そう叫び、まだ意志が折れていないことを示すように反撃を行う有栖であったが、彼女が不利な状況に陥っているのは間違いない。

 中央エリアの大混戦に巻き込まれて多少のダメージを受けていたところに繰り出された空襲爆撃から逃れた先でゆかりの不意打ちをくらったのだ、相手とのHP差はかなりのものだろう。


 零も今、スナイパーライフルの弾を撃ち切った状態で檸檬と対峙している。

 2つ目の武器の有無は勝敗に大きく影響する要素であるし、体力が満タン同士のプレイヤーのぶつかり合いにおいてはそれが明暗を分ける可能性は非常に高いはずだ。


 2人は今、不利な状態で相手と戦っている。

 しかも対峙しているのはゲーマー集団【VGA】のメンバーで、その経験値の差は歴然だ。


 助けに行かなくては、自分が。

 急いでルピアを倒して、窮地に陥っている零と有栖の救援に行かなくては。


 チームメイトを、友達を、見捨てるわけにはいかないと勝負を急ぎ、焦りの感情を募らせていく陽彩は、それがルピアたちの狙いであることに気付いている。

 だがしかし、頭で理解できていたとしても、どうしたって心は急いてしまうのだ。


(夕張さんは強敵だ。そう簡単に倒せる相手じゃない。HPが全回復してない状態で出ていっても、返り討ちに遭うだけだ。でも、でも……っ!)


 相手を舐めているわけではない。自分の実力に自惚れているわけでもない。

 万全の状態で戦っても勝てるかどうかわからない相手に、こんな精神状態で出ていっても負ける可能性が高いということはわかっている。


 それでも……陽彩は大切な友達を助けに行かなくてはと焦っていた。一か八かの大勝負に出て、ルピアを撃破しなくてはと思っていた。

 意を決した彼女が逸る気持ちのままに物影から飛び出し、ルピアとの決戦に挑もうとした、その時――


『大丈夫、だから。絶対に、勝つから……!』


『っっ……!!』


 ヘッドホンから響いてきた有栖の声が、陽彩の動きを止めた。

 苦しそうで、辛そうで、それでも絶対に諦めないという強い意志を湛えた声で自分へとそう告げた彼女に続いて、零がその言葉を肯定しながら叫ぶ。


『そうっすよ、先輩! 俺たち、この日のためにずっと練習してきたじゃないですか! 強くなったって俺たちのことを褒めてくれたのは、魚住先輩っすよ!? 俺も芽衣ちゃんも、絶対にこのタイマンに勝ちます! だから、先輩も夕張さんに勝ってください!』


 自分たちの心配は無用だと、自分自身の戦いに集中して、勝ってくれと……仲間として、友達として、信じてくれと、2人が言っている。

 その言葉と想いを受け取めた陽彩は、喉元まで出かかっていた焦りの感情を必死に飲み込むと、再び物陰に隠れてアーマーを回復させ始めた。


(焦っちゃダメだ、迷っちゃダメだ! 信じるんだ、2人を! 有栖ちゃんも零くんも、絶対に……!)


 ここで焦って判断ミスをしてしまえば、それがそのまま敗北に繋がってしまう。

 2人を助けに行きたいという想いは、裏を返せば2人のことを信じていないという意味でもあり、その不信が原因で敗北したとあっては、最後の最後でこれまでの努力に大きなケチがついてしまうではないか。


 そう思い直した陽彩は、込み上げる焦燥感をぐっと堪えてタイミングを待った。

 全ては万全の状態でルピアとぶつかるため……2人の言葉通り、自分の戦いに集中し始めた彼女に対して、有栖が決意を秘めた声で言う。


『絶対に勝つから、負けたりなんかしないから……私たちのこと、信じて。しずくちゃんは自分の戦いに全力で集中して!』

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