有栖VSゆかり
自分に迫ろうとするゆかりに対して銃弾を浴びせ掛けながら、スキルであるシールドの展開を行う有栖。
前方からの攻撃を防いでくれる壁が展開されている間にリロードを行った彼女は、上手くその境界を前後しながら迎撃を続ける。
びしり、びしりと音を響かせて直撃する弾丸が遂にゆかりのアーマーを割るまでのダメージを与えるに至ったが……このままでは自分が負けるということを、有栖は理解していた。
(ここからどう動けば……!? シールドがなくなったら、もう……っ!!)
この瞬間こそは自分の方がゆかりに対して有利に立ち回れているが、それは攻撃を防げるシールドが展開されているお陰でそうなっているだけだ。
制限時間がくればこの壁は消え、自ずと真っ向勝負になる。そうなった場合、今度は一転して有栖の方が不利な状況に陥るだろう。
何とか、残されたスキルを使ってゆかりのアーマーを割ることには成功した。
だが、自分の体力は既に3割程度しか残っておらず、至近距離でショットガンを撃ち込まれればそれだけで消えてなくなってしまう。
かといって彼女に背を向けてこの建物から逃げだしたとしても、追ってきたゆかりに撃たれてそれで終わり。
振り返ってから駆け出す自分と、そのまま全力でダッシュすればいいゆかりでは、初動の時点で大きな速度差がついてしまうし、逃げ切れるだけの体力の余裕もない。
つまり、ほぼ詰みの状態。ここから有栖が逆転するには、ゆかりが何か大きなミスをしなければならないという状況。
そして、ジャンルこそ違えどゲーマーとしての長い経験を持つ彼女がそんなミスを犯す可能性はほぼ皆無である。
現にゆかりはシールドが張られてすぐにはそれを上手く活かす有栖のプレイングによってダメージを受けていたが、今は障害物の陰に隠れることで彼女からの銃撃を凌ぐ構えを見せている。
おそらくはシールドが消えるタイミングを見計らって突撃し、ショットガンで確実に有栖の息の根を止めるつもりなのだろう。
そして、その瞬間が後10秒もしない内に訪れるということを理解している有栖は、それでも必死に逆転の策を見つけ出すべく頭を働かせていた。
(約束したんだ、勝つって……陽彩ちゃんとの約束を守るためにも、絶対に負けるわけにはいかない!)
ここで自分が倒されれば、勝負は2対3という【Milky Way】に不利な状況になってしまう。
負けるわけにはいかない。友達をピンチにさせるわけにはいかない、と勝利の可能性を模索する有栖であったが、それが如何にか細いものであるかは彼女自身にもわかっている。
仮に今、自分が手にしているマシンガンの弾を全てゆかりに叩き込めたとしても、それで彼女の体力を削り切ることはできない。
全弾ヘッドショットすれば話は別だが、そんなことは到底不可能なことで……有栖自身の腕前から考えるに、どう足掻いても3割は残ってしまうことは明らかだった。
逆に、自分は至近距離でショットガンを撃ち込まれればそれで終わってしまう程度の体力しかない。
逃亡、あるいは回復のための隙を見せれば、その瞬間に一気に距離を詰めてきたゆかりに攻撃を受けてジ・エンドだ。
シールド消滅まで残り5秒、ゆかりが武器をショットガンに切り替える様が見える。
中距離から安全策を取るのではなく、多少の被弾を覚悟した上で接近して確実に有栖を倒す……という彼女の決意が伝わってくるようなその姿を見た瞬間、有栖は自分の状況を受け入れるに至った。
(勝てない……どうしたって、私は武道さんには勝てない……)
残り3秒、ゆかりが隠れていた障害物の陰から飛び出す。
そのまま真っ直ぐにこちらへと向かってくる彼女に向けてマシンガンを斉射する有栖であったが、やはり全弾ヘッドショットという神業をやってのけることは不可能であった。
『こいつで終わりだ! 羊坂芽衣っ!!』
マシンガンの弾を撃ち尽くした相手がシールドの裏に引っ込み、そこから1秒の間もなく自分の攻撃を防いでいた壁が消え、有栖の姿が露わになった時、ゆかりはそんな叫びを上げながら彼女に銃口を向けていた。
多少狙いが甘くとも、急いた状況であっても……この距離ならば、何も問題はないと判断したゆかりが、ショットガンの引き金を引く。
ガウンッ、という鈍い音。そして、相手の体力が尽きたことを示す特徴的な音が響いた。
自分の目の前で跪き、ダウン状態に移行する有栖の姿を目にしたゆかりは、自分がこの戦いを制したことに対する笑みを浮かべながら先輩たちへと報告を行う。
『夕張先輩! 三三先輩! 自分、やりました! 羊坂芽衣さんを倒しましたよ! トドメ刺して、戦利品漁って、回復して、そしたらすぐにお2人の援護に――』
予定通りの勝利。予定通りの展開。ルピアが描いた絵の通りに有栖を倒し、そのまま試合を終わりにするための動きをするべく、彼女にトドメを刺そうとしたゆかりは……そこで、僅かな違和感を抱いた。
ゾクリと、心を震わせる何か。その正体が何なのかはわからないが、格闘ゲームで鍛えた自分の危機察知能力が凄まじいまでの警鐘を鳴らしている。
いったい、自分は何を恐れているのか? 対峙していた有栖は倒したし、他のプレイヤーも先輩たちが相手をしているのだから、何も脅威はないはずではないか。
それなのにどうしてここまで自分は警戒を……と、ゆかりが意味不明の恐怖に対する思考を深める中、不意にそれは起きた。
『……は?』
視界が、ゲーム画面が、真っ赤に染まる。
残り3割程にまで減った自分の体力がじわじわと減り始め、0へと近付いていく。
何だこれは? 何が起きている? という疑問をゆかりが抱いたのは一瞬で、今、自分が立っている部屋が燃え盛る炎に包まれている様を目にした彼女は、ようやく状況を理解すると共に呻いた。
『こ、こいつ、まさかっ!?』
『……私は、武道さんに勝てない。やっぱりそうなった。だけど……私は、負けません』
ゆかりに至近距離から銃弾を撃ち込まれる寸前、壁の内側に引っ込んで視界を遮った有栖があの一瞬で取った行動は、リロードでもなくセカンダリーウエポンを取り出すことでもなく、バックパックから投擲武器である火炎瓶を取り出すことだった。
ダウンする寸前、彼女が手から滑り落とさせるようにして地面に叩きつけたそれはこの部屋を覆い尽くす程の炎を発し、今、ゆかりを炎上によるスリップダメージで追い詰めている。
ゆかりに勝つことが不可能であると判断した有栖が取ったのは、彼女にも勝たせない選択肢……相打ち、だった。
『燃える覚悟があるのは、枢くんだけじゃない。私にだって、その覚悟はあるんです!』
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