電撃戦、決着


『ぬおおおおっ! このままやられて堪るかーっ! なんとかあの建物まで辿り着ければ……!!』


 背後に迫る祈里のプレッシャーから逃げるように走りつつ、近くに見える軍事基地と思わしき建物を見やる零。

 彼を追う祈里もまた、零がそこを目的地としていることを理解しながらその背に照準を合わせ、着実にダメージを与え続けている。


 大方、視界が通らない建物の内部でどうにか自分を撒いてから態勢を立て直そうとしているのだろうが……そう簡単に獲物を逃がす程、自分は甘くはない。

 確かに大会に向けて練習を重ねてきた推しを即座に脱落させて出番を奪うような真似をすることに対しては心が痛むが、これは本気の大会であり、個人的な感情で贔屓するわけにもいかないのだ。


『他のチームの誰かに倒されるくらいなら、私のこの手で屠ってしまいましょう! くるめいどちらも私が倒す! 殺し愛というやつです!』


『あの、祈里!? 急いで枢くん倒して、こっちの援護に来てくれないかな!?』


『思ってる5倍は強いんだけど、こっちの子!?』


 声は迫真なのだが、どうにも遊んでいるとしか思えない祈里の発言に対してツッコミを入れる奈々と羽衣は、1VS2でありながらその優位を簡単にひっくり返す立ち回りを見せる陽彩の腕前に苦戦しているようだ。

 ここは急いで零を倒して仲間たちの援護に向かわなければ……と逃げる彼を一刻も早く撃破すべく銃弾を浴びせ掛ける祈里の前で、零が着ているアーマーの耐久が尽きたことを示すエフェクトが弾ける。


『ヤバいヤバいヤバいっ! でも、なんとかここまで来れたっ!!』


 体力の代わりになってくれていたアーマーが破壊されたことに焦りながらも、ようやく目的地であった基地の目の前まで辿り着くことができた零が走る勢いをそのままに高い塀に向けてジャンプし、そこをよじ登る。

 その背にまた数発の銃弾を撃ち込んだ後、塀の向こう側に消えた彼を追うべく自身もまた彼と同じようにそこに飛びついた祈里は、基地の敷地内に侵入すべくぺたぺたと音を立てて塀をよじ登っていった。


『逃がしませんよ、蛇道さん……!!』


 やっていることが完全にストーカーである上に、イモリのように壁をよじ登りながらそんな台詞を口にした日にはいくらキラキラのアイドルだって恐ろしく見える。

 推しへの愛を暴走させながら、勝つために全力を尽くしながら、塀の頂点まで登り詰めた彼女が追いかけっこを再開しようと、逃げる枢の背を探そうとした、その時だった。


『……あら?』


 ちょうど自分の真正面、塀を登り終えた自分がこれから落ちていくであろう地点に、銃を構えた人の姿が見える。

 両手持ちのショットガンをしっかりと構え、こちらにその銃口を向けるその人物の名は羊坂芽衣……自分たちが敢えて放置していた、【CRE8】チーム最後のメンバーだ。


 ズドンッ、という重厚な音と共に彼女が構えた銃が火を噴き、無防備な祈里の体に無数の弾丸が叩き込まれる。

 アーマーを着ていない彼女の体力は至近距離から放たれたその一撃でごっそり削られてしまい、これから敵の目の前に落下していくしかない祈里は自分の運命を悟ると急に冷静になって物思いに耽り始めた。


(ああ、なるほど……! 蛇道さんは建物で私を撒こうとしてたんじゃなくて、芽衣ちゃんのところに向かってたんですね! てぇてぇなあ……!)


 零が追手から逃れるためではなく、嫁に助けを求めてここまで走ってきたことを理解した祈里はふんふんと頷きながらどこか満足気な表情を浮かべていた。

 そんな彼女が塀から飛び降りて地面に降り立つと同時に、ポンプアクションを終えて次弾の発砲準備を終えた有栖がその銃口を祈里へと向ける。


 どう考えても回避は不可能だし、反撃したところで何の意味もないな……と絶望的な状況分析を一瞬で終わらせた祈里は、最後にどう考えてもこれから敗北する人間が見せるとは思えない満面の笑みを浮かべながら、清々しい声で言う。


『でも、くるるんを守る芽衣ちゃんというくるめいの新しい可能性を見れたので、それで私は満足です!』


 ――直後、無慈悲な発砲音が続けて3発響き、その全てを叩き込まれた祈里のキャラクターは体力を完全に消滅させ、戦利品が詰まった箱と化した。

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