ゲームへの想い、頑張ろうという決意


「俺らのお陰って……どういうことでしょう?」


 予想だにしていなかった陽彩の答えに、怪訝な表情を浮かべて彼女を問い質す零。

 これまで一切絡みというか、関わりを持たなかった自分たちが彼女に大規模なゲーム大会の参加を決意させたという言葉の意味がまるでわからずにいる彼に対して、深呼吸をして自分を落ち着かせた陽彩がこう答えを返す。


「あ、阿久津くんならもうわかってると思うけど、うちの事務所CRE8に所属しているタレントにはVtuberとして叶えたい夢があって、そのために活動してる。ボクの場合は、沢山の人にゲームの良さを知ってほしいってことがそれなんだ」


「ゲームの良さ、ですか?」


「そ、そう! 特定のソフトだとか、ジャンルとかじゃなくって、ゲーム全部! 男の子も女の子も、お爺さんもお婆さんも、ゲーマーであるか否かですらも関係なく、沢山の人にゲームっていいものなんだなって思ってほしいんだよ!」


 腕を大きく振り、わたわたとした落ち着かない様子で頬を赤くしながら陽彩が自身の夢を語る。

 決して上手い話し方とはいえないが、それでも必死に自分がVtuberになった理由を語る彼女に対して、零は黙って耳を傾けていた。


「……ボク、子供の頃は体が弱くってさ、結構学校を休みがちだったんだよね。今は大分マシになったけど、そのせいで高校も通信制の学校に通うことになったんだ。家族も、友達も、先生も……みんな、ボクに優しくしてくれた。でも、やっぱりみんなと同じ思い出を作れないことが悲しくて、寂しくて……そんな時に出会ったのが、ゲームだったんだ」


 あまり健康そうには見えない陽彩が、自嘲気味に笑いながら言う。

 彼女の引っ込み思案で他人と上手く付き合えない性格は、自分へのもどかしさとそんな自分自身に優しくしてくれる周囲の人々への罪悪感のようなもので形成されたのかもしれないなと思いながら、零は彼女のゲームに対する想いを聞き続けた。


「運動もまともにできなかったボクだけど、ゲームだけは違った。手の平の上に乗っかるような小さな機械の中で、色んな場所に行ったり、冒険したり、お話を楽しんだり……あの感動は、今も忘れないよ。それに、1人で遊ぶだけじゃなくて、友達と一緒に遊ぶ理由にもなってくれた。お見舞いに来てくれた友達と対戦したり、協力プレイしたり、本当に楽しかったな……」


 過去の思い出を振り返り、その日々を懐かしむ陽彩。

 穏やかなようで、少しだけ寂しそうなその表情を見つめる零は、彼女の言わんとしていることをなんとなくではあるが理解しつつあった。


 ゲームというのは、割と偏見の目で見られがちな存在だ。

 アニメやマンガと並んでサブカルチャーの代表格を担っている存在だが、目を悪くしたり人間の考え方によくない影響を与えるという説がまことしやかに囁かれている。

 実際はそんなことはないだろうし、時間やルールを守って遊べば悪影響などそうそう出ないものなのではあるが、やはりそういった部分に疎い年上の人々からはあまり好まれてはいない存在であるといえるだろう。


 外に遊びに行かず、家の中で引きこもってゲームばかりしている子供たちが不健康そうに見えるという意見にも理解を示せないわけではない。

 だがしかし、世の中というものは移り行くものであり、その意見を主張し続ける人々というのは、そういった時代の変化について行けずに取り残されている人種ともいえるわけだ。


「ゲーム脳とか、知能低下の原因だとか、そんな風に言われてるけどさ……ボクは、ゲームが大好きだよ。最強のコミュニケーションツールだって、そう思ってる。『e-スポーツ』みたいに新しい競技の1つとして認められて、プロゲーマーっていう職業ができた時は本当に嬉しかった。だから、ボクも大好きなゲームのために何かしたいって思ったんだ。ただ遊ぶだけじゃなくて、沢山の人にゲームの楽しさを伝えられるようなことがしたいって思って、それで、その……」


 【CRE8】のオーディションを受けて、Vtuberとしてデビューした、という部分を言葉にできずに恥ずかしそうにもごもごと口ごもる陽彩。

 自分の夢について語ったことに対する羞恥が不意に込み上げてきたであろう彼女が話を続けることができずにまごまごとする中、小さく頷いた零が口を開く。


「似てますもんね、ゲームとVtuberって」


「えっ……?」


 ここまで黙っていた零が急に声を発したことに驚いた陽彩が目を丸くして彼の顔を見つめる。

 その視線にちょっとした気恥ずかしさを感じる零は、ぽりぽりと後頭部を搔きながら自分なりの意見を言葉にして陽彩へと伝えていった。


「ほら、Vtuberも誕生したてでそれがどんなものなのかってことを知らない人とか、偏見の目で見る人とかが多いじゃないですか。蓮池先輩が言ったe-スポーツとかプロゲーマーも、同じような目で見られてたりするのかなって。先輩がVtuberになったのも、そういう部分にシンパシーを感じたからなんですか?」


「え、ええっと……ボクの場合、普通にゲームの会社に入るような知識とか学歴はないし、だったらストリーマーになろうかとも考えたんだけど、顔出しで配信するのは恥ずかしいし、かといってお喋りだけで頑張るってのはコミュ障なボクにはハードル高過ぎのナイトメアモードだったわけで……Vtuberならそういう問題を解決しつつ注目を集められるかなという非常に打算的かつ姑息な考えを持った上でいい感じにタレントを募集していたこの事務所のオーディションを受けただけであって、阿久津くんの言ったような素晴らしい思想があったわけではないです。すいません。ごめんなさい。自分の小ささを反省してます……」


「ああっ、ちょっ!? そんなダメージ受けないでくださいよ! 自分がそういう引っ込み思案な性格だって理解した上で配信者になろうって1歩踏み出しただけでも凄いじゃないですか! 尊敬しますって!」


「あ、ありがとう……ごめんね、後輩にここまでよいしょしてもらうような駄目な先輩で……」


「大丈夫です。駄目な先輩に関しては蓮池先輩の非じゃないレベルの方がいるんで。その人の場合、この程度の慰めじゃあ立ち直るどころか床に寝転んだまま微動だにしないっすよ」


「ぼ、坊や? そ、その駄目な先輩って誰のことなんすかね~? なんだか自分、心がチクチク痛いんすけど……?」


「心当たりがあるならその人です。名前、直接言いましょうか?」


「結構です! 都合の悪いことは聞きたくない!!」


 陽彩を慰める零によって流れ弾を撃ち込まれた梨子が両耳を塞ぎながら大声で叫ぶ。

 そんな彼女のコミカルな姿を見て元気を取り戻した陽彩へと、零がこう問いかけた。


「蓮池先輩の夢についてはよくわかりました。でも、それがどうして俺たち2期生が原因になった大会参加に繋がるんですか?」


「あ、それは、その……恥ずかしい話、ボクってばコミュ障が過ぎて1年前にデビューしてからソロプレイでゲーム配信ばっかしてて、まともにコラボすらしたことがなくってさ……ゲームの楽しさを沢山の人に伝えるって目標を掲げておきながら、この体たらくはどうなんだろうってずっと思ってたんだ。そこに阿久津くんたち2期生がデビューして、一生懸命頑張り始めた。2期生のみんなを見てたら、後輩が自分の夢を叶えるためにこんなに頑張ってるのに先輩のボクがこんなんじゃ駄目だって思うようになって、そんな時に【ペガサスカップ】に招待されたから、それで――」


「一念発起して、大会に出てみようと思ったんですね」


「うん……本当に、2期生のみんなは凄いよ。まだデビューして半年くらいなのに、1年活動してるボクよりも前に進んでるもん。羊坂さんも、花咲さんも、愛鈴さんもアクエリアスさんも……もちろん阿久津くんだって、凄く頑張ってる。炎上したり、事件に巻き込まれたりしながらも前に進んでいくみんなを見て、ボクも負けてられないなって思ったんだ」


 ……なんともむずっ痒い話だと、陽彩からの真っ直ぐな賞賛の言葉を聞いた零は思う。

 ただ必死に駆け抜けた日々を事務所の先輩が見てくれていて、その姿に触発されて前に踏み出す勇気を持てたという彼女の話は、自分たちが誰かの心を動かしたという確かな実感を零に与えてくれていた。


 ただ応援されるだけではなくて、こうして自分たちの姿を見て勇気付けられたり、元気になったりする人が間近にいるという事実に嬉しさとこそばゆさを感じる彼に対して、畏まった表情を浮かべた陽彩が口を開く。


「……こんな、ノリと勢いだけで大事なことを決めちゃった先輩だけどさ、阿久津くんさえよければ手を貸してほしいんだ。大変なこともあるだろうけど、楽しい1か月にするって約束するから……ボクと一緒に【ペガサスカップ】に出てください! お願いします!」


 腰を直角に曲げ、右手を差し出して握手を求める陽彩。

 まるでお見合いパーティーを主催する番組の告白タイムのようだなと苦笑した零は、そんな陽彩の手を取ると力強い声で言う。


「俺の夢は、自分の存在を証明することと誰かの夢を応援することです。こんな俺が蓮池先輩の夢を叶える助けになれるのなら、喜んで力をお貸ししますよ」


「ほ、ほ、ほ、本当っ!? あ、あ、あ、あ、ありがとう! ありがとうね! ぼ、ボク、頑張るから! 一生懸命頑張るから! 1か月間、よろしくお願いしましゅっ! あ、かかか、噛んじゃった……」


「ほら~、だから心配いらないって言ったじゃないっすか! 坊やは凄く優しいんだから、ひーちゃんのお願いを断るわけがないって自分はわかってたっす!」


「よかったね、陽彩。……零、よろしく頼むよ。これまでみたいに面倒なことにはならないとは思うが、陽彩のことを上手く支えてやってくれ」


「了解です。んじゃまあ、まずは薫子さんの提案通り、スタバトのコーチング配信をしましょうか? 上手いことそこで大会参加の告知もできればいいんですけど……」

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