4部・ゲームってめんどくせえ!

ゲーム配信でも、燃える男


「おっし! また1人撃破!! 残りは何人だ!?」


 画面に表示される通知と、自分自身が倒した相手キャラクターが消滅する様を目にした零……枢が、上がってきたテンションのままに叫ぶ。

 巧みにキャラクターを操作し、段々と狭くなっていくマップの中で安全地帯を確保した彼は、装備している武器の弾丸を込めながら状況とコメントを確認していった。


「今んとこ何人か敵の姿が見えてんな。全員ってわけじゃねえけど、位置が把握できてるのはデカい」


【いけるぞくるるん! 初プレイで初チャンピオンの伝説を見せてくれ!】

【マジで初見とは思えないプレイスキルしてる。ガバはあるけど、エイムと判断の良さで乗り切ってるのが凄い】

【運もあるんだろうけど、初めてのプレイでここまで残ってること自体が凄いよ! このまま優勝してくれーっ!】


 熱狂しているコメントの反応が配信の盛り上がりを物語っている。

 Vtuberだけでなくゲーム実況者等をはじめとした多くの配信者が枠を取っているこの時間帯に2万人を超えるリスナーが集まっていることから見ても、この配信の盛り上がりが感じ取れるだろう。


 【THE SUPERSTAR BATTLE ROYALE】……それが今、蛇道枢こと零がプレイしているゲームの名前だ。

 通称スタバトと呼ばれるこのゲームは、最近話題になっているバトルロワイアル系のFPSゲームで、数十名のプレイヤーたちが最後の1人になるまで戦うという、王道であるが故の人気を誇るゲームであった。


 一応、このゲームには3人1組のチームを組んで戦うスクワッドモードもあるのだが、今回零は単独で戦うソロモードをプレイ中である。

 そして今、初めてこのスタバトの戦場に降り立った彼は、そうとは思えない見事なプレイング技術を見せて、優勝まで目前というところまで迫っていた。


「よし、これで6人目! 残りは……3人か!」


 いい意味でリスナーたちも自分も燃え上がっているなと思いながら、リロードを終えた零がこちらの位置を把握していない敵の背中へと弾丸の雨を浴びせる。

 そうやってまた1人のプレイヤーを仕留めた彼は空になった弾倉を取り換えようとして、そこで顔を顰めた。


「げっ!? 弾の数、もうこんなに少なくなってたのかよ! うわ、ドジった……」


 ここまでメイン武器として使い続けてきたアサルトライフルの弾が、もう弾倉半分程度しか残っていない。

 一応、サブの武器もあるし、残り人数から考えてもこの弾数でも戦えなくもないが、初心者の零からすれば心細く感じてしまうのは当然のことだ。


 逃げ込んだ安全地帯にも使っている銃に対応した弾丸はないようで、補充は不可能という状況。

 そんな時に零の目に映ったのは、脱落したプレイヤーが使っていたと思わしき別種の銃であった。


「う~ん、レーザー系のマシンガン……か? どれも使ったことねえけど、こっちの方が弾はあるよな……」


 武器情報を確認した零が、この状況における判断に迷いながら呻きを漏らす。

 使い慣れてはいるが弾丸が少ないアサルトライフルか? 弾丸は十分にあるが初見のレーザーマシンガンか? 


 スタバトどころかFPSゲーム初心者であり、こういった場合の正しい判断がわからずに困る零へと、リスナーたちが盛り上がりのままに助言コメントを送ってくれている。

 ……のだが、それがまた零の判断を迷わせる要因にもなっていた。


【そのままでいい! くるるんの使ってる武器はこのゲームでも上位の強さだから、それレーザーよりもそっちのがいいよ!】

【変更した方がいいと思う。どんなに強い武器でも弾切れで使えなかったら意味ない】

【残り3人なら漁夫狙って潜伏からの不意打ちでggにできるだろ。ここまで戦ってきた相棒を信じな!】

【変えろ、マジで変えろ。上位プレイヤーなら迷わず武器変更する場面だ】


 コメント欄では、武器を変更すべきという意見とこのままでいくべきという意見が同じくらいの量で届いている。

 数万のリスナーたちが熱心にアドバイスをくれるのはいいが、意見が一致していないが故にどちらが正しいのかがわからないでいる零にはこれは困った問題で、結局のところどうすればいいのか判断が下せなくなっていた。


 しかも、問題はそこだけではない。というより、この助言合戦自体は別にどうだっていいものだ。

 最大の問題は、そうやって意見をぶつけ合うリスナーたちがいつしかお互いを攻撃するようなコメントを送り始めたことである。


【上位陣が武器を変えるのは大体の武器の扱いになれてるからでしょ。初見の枢がいきなり拾った銃を使いこなせるとは思えない】

【実弾とレーザーだとリコイルとかの変化が大きいから、ここまで実弾使ってた枢にレーザー武器使わせるべきじゃないだろ】


「お、お~い。あの、お前ら、俺の話聞いてるか~……?」


【初心者だからだろ。ガバったりテンパったりして無駄撃ちして、弾切れになる可能性だって十分にある。なら弾丸に余裕がある武器に変えた方がいいって考えるのは自然なこと】

【拾った武器使いこなせないって※してるのはここまで枢の配信観てない途中参加勢か~? 枢のゲームセンス信頼してりゃ、ここは変更一択だってわかんだろwww】


「ちょ、あの、コメント欄で言い争うのは止め――」


【は? 信頼してるからこそ武器変更すんなって言ってるんだが? 残り3人なんだからこの弾数でも十分でしょ。スタバトやってないエアプか?】

【万年ブロンズの君たちと違ってプラチナで~すwww 雑魚が間違った知識を初心者に教えんなよwww】

【プラチナとかwww プレイ時間多けりゃ誰だって辿り着けるランクでイキってんじゃねえよwww せめてダイヤモンドに到達してから煽れ雑魚】

【おっ? ブロンズ君には効いちゃったみたいだね~! ごめんね、雑魚のプライドを傷つけちゃってさ!!】

【悪いけど俺、スターランクだから。プラチナ程度の雑魚に煽られて傷つくプライドしてないんだわ】

【自称スターランクとかここで言われても何の信憑性もないんだがwww ブロンズ君、嘘つくのは止めまちょ~ねwww】


「だから、コメント欄で喧嘩すんなっての! もう配信と関係ない言い争いになってんだろうが!!」


 とまあ、そんな風に険悪になっていくコメント欄の様子に我慢ができず、叱責と共に仲裁に入った零であったが……そのせいで、ゲームへと注がれていた意識が削がれてしまった。

 間の悪いことに、その一瞬の隙を見計らったかのようにしてグレネードが投擲され、零のキャラクターのすぐ近くに着弾したそれが大爆発を起こす。


「ぐあっ!? し、しまった!!」


 先手を打たれ、大慌てで反撃へと移る零であったが、こうなってはもう後の祭りだ。

 至近距離で爆発したグレネードのダメージは大きく、動揺したままの撃ち合いでは高いセンスを発揮し切ることもできず、体力差を覆すに至らなかった彼の反撃は残念ながら敗北という結果で終わる。


「ぐあ~……っ! 2位、2位かぁ……惜しいことしちまった……」


【どんまいどんまい! 動きはめっちゃよかったし、最後のトラブルが無ければくるるんが勝ってたよ!】 

【指示厨と厄介ファンに代わって謝るわ、マジでごめん】

【ソロモード第1戦で2位ってだけでも十分に凄いよ! やっぱ枢はゲームが上手いな!】


 真っ黒な画面に浮かぶ【GAME OVER】の文字を目にした枢が手で顔を覆いながら悔しそうに叫ぶ。

 リスナーたちの大半はそんな彼の健闘を称えたり、惜しいところで敗北した彼を慰めたりしていたのだが――


【お前が間違った指示したせいで枢が負けたぞ。良かったな、自称ダイヤモンド!】

【てめえが煽ったせいだろ。っていうか、武器変更しないで負けたんだからお前の責任だっつーの】

【お前らマジでいい加減にしろ。くるるんのゲーム楽しく観てる側からすると邪魔でしかねえ】

【モデレーターさーん、こいつらさっさとBANしてー! 精神衛生上よろしくないわー!】

【Vに限らず、ゲーム実況者がスタバトやるとこういう指示厨がやってくるから気分悪いわ】

【んじゃコメント見るなよwww 勝手に見て気分悪くなってんじゃねえよwww】

【配信の空気ぶっ壊しといて開き直ってんじゃねえよ、害悪ゴミリスナーが】


 ――残る僅かなリスナーたちは、最早蛇道枢の配信そっちのけでコメント欄での言い争いを繰り広げている。

 お前の判断が間違っていた勢やコメント欄で言い争いするな勢、更にそこに指示厨に対する不満感を持つ者や遊び半分で煽りを入れる者まで現れたコメント欄は、対処が困難な程の混沌へとなり始めていた。


「……なあ、1つ質問したいんだけどさ。これってもしかして、いつものパターンになったりするか?」


【多分そう、というより間違いなくそうなると思う……】

【これはマジでくるるんが不憫。なんも悪いことしてないのにな】

【枢が悪かったり笑えるタイプの炎上ならいいが、これは洒落にならない。最悪】


 注目を集め、多くのリスナーたちが配信を観に来てくれていたが故の悲劇。

 自分のチャンネルで、コメント欄で、好き勝手に言い争いを続けるリスナーたちが起こした炎が大きく燃え上がっていくことを感じ取った零が、うんざりとした様子で呟く。


「ゲーム配信も、大概めんどくせえことになるんだなぁ……」


 いつも通りに叫ぶ気力もないと、萎えた口調で呟く零(枢)へと良心的なリスナーたちからの慰めのコメントが寄せられる。

 大して非はない、問題も起こしていないどころか誰とも絡んでもいないというのに燃えるという、かなり特別なパターンの炎上を体験する零は、ゲーム配信という新たしいことを始めたが故に背負ってしまった火種を想い、再びため息をこぼすのであった。

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