シーン4・オチ



「う~ん! 凄かったね~! 豪快だったね~! 今でも夜空いっぱいに打ち上がった花火の光景が目に焼き付いてるさ~!」


「都会の花火大会って凄ぇんだなぁ……」


 数十分にも及ぶ打ち上げ花火の連射が終わり、花火大会の終了のアナウンスが流れた後、今日のお祭りを思う存分楽しんだ2期生たちは口々に感想を言い合いながらその場で立ち上がる。

 尻に付いた草や土を払い、大きく伸びをして体を解したところで、一同を代表して枢が帰宅の提案をした。


「さあ、そろそろ帰りましょうか? 今は人が凄いでしょうから、少し待ってから行きましょう」


「そうね。そろそろリア様もお眠になる時間だし、浴衣を脱ぐ手間も考えたら、早めに帰った方がいいわね」


「む~……なんだがわー、わらす扱いされでませんか?」


 枢と愛鈴の言葉に違和感を覚えたリアがそんなぼやきを口にすれば、残る4人が彼女をからかうように声を上げて笑ってみせる。

 にこやかで、和やかな雰囲気の中、メインイベントを終えてすっかり帰宅ムードになっている2期生たちであったが……こんな言葉があることを忘れていないだろうか?


 小学校の先生曰く、「家に帰るまでが遠足です」……この言葉の意味は、解散してから家に帰る道の中でどんなトラブルに襲われるかわからないのだから、最後まで油断するな、というものである。

 つまりはまあ、完全に油断して気持ちが緩みまくっている彼ら彼女らが、この直後にトラブルに巻き込まれないはずがないわけで――


「……ん? 何だ? 今の音は?」


「何かぶちっ、って音がしましたよね?」


 崩壊の始まりは、何かが千切れる微かな物音であった。

 その音を耳にした一同がきょろきょろと周囲を見回す中、自らの足元の違和感に気が付いたたらばが大きな悲鳴を上げる。


「あーっ! 下駄の鼻緒が切れちゃってるさ~! うわぁ、最悪だよ~……」


「ええっ!? ど、どうすんの? その状態で歩けそう?」


「修理とかできる人、いませんかね?」


「う~ん、どっちも難しそうだよ~……困っちゃったな~、このタイミングでこんなことになるだなんて……」


 完全に鼻緒が切れてしまった下駄では満足に歩くことはできなさそうだし、続々と観客たちが帰宅しているこの状況下で周囲に偶然にも修理ができる人がいたという幸運も期待できそうにない。

 家に帰ろうとしている人でごった返しているこのタイミングで、何とも面倒なトラブルが発生してしまったものだと……自分たちの間の悪さに顔を顰めた2期生たちであったが、状況を打破すべく話し合いを進めていった。


「どうします? 迎えを頼むか、タクシーを使うかしましょうか?」


「それにしたってこの丘を下らなきゃいけないし、大通りに出なくちゃダメでしょ」


「1番現実的なのは、誰かにおんぶしてもらうことじゃありませんか? 誰かが花咲さんをおぶって、大通りまで移動する。そこからはタクシーを拾って帰るってことにすれば……」


「まあ、それが無難な案だよね~。さて、問題は誰が私をおんぶするかってところなんだけれど――」


 そう、呟くと共に視線を横に向けたたらばが唯一の候補の顔を見つめる。

 芽衣も、愛鈴も、リアも……全員が揃ってその人物へと視線を向けていた。


「……俺? もしかして俺にたら姉を背負えって言ってます?」


「しょうがないでしょ! あんた以外にそれができそうな人がいないんだから!」


 男であり、このメンバーの中で唯一たらばよりも体格がいい枢にその任務を押し付ける愛鈴。

 確かにまあ、彼女の言っていることもこの人選も間違いないのだが……枢は今、花火のそれとはまた違う火薬の臭いを嗅ぎ取っていた。


「ごめんね~! このままじゃみんなに迷惑かけ続けることになっちゃうし試すだけ試してほしいさ~! お願い、枢くん!」


「まあ、別に構わないですけど……」


 妙な焦げ臭さを嗅ぎ取っていたとしても、ひしひしと迫る火の手を感じていたとしても、誰かに頼りにされたらそれを無下にできないのが蛇道枢という男の性だ。

 普段世話になっている(世話になっているとはいってない)姉のような同期からの頼みごとを断り切れなかった彼は、その場にしゃがみ込むと彼女を背負う体勢を取る。


「あ、下駄と荷物は私が持っておきます!」


「2人とも、ありがとうね~! それじゃあ、失礼して……」


 巾着袋と鼻緒の切れた下駄を芽衣に預け、枢へと体を預けるたらば。

 その瞬間、彼は大きく柔らかい何かが自分の背中に触れる感触を覚え、全身を強張らせた。


「む、お……っ!?」


「大丈夫? やっぱり私、重いかな?」


「だ、大丈夫っす! 全然、重くなんてないっすよ……!!」


 妙な呻きを上げ、何か重圧を感じているような反応を見せた枢へと自身の体重が原因ではないかと不安気にたらばが尋ねる。

 女性に自分の体重を気にさせるという、男の最大のマナー違反を犯してなるものかと気合を入れた枢は、必死に頭の中から煩悩を追い出すとたらばを背負ったまま立ち上がってみせた。


「ほ、ほら、余裕でしょう? たら姉なんて軽い軽い!」


「うわ、本当だ~! 枢くん、凄い力持ちだね~!!」


「よっしゃ! そのまま大通りまでたらばを運ぶのよ、枢!」


「うぐっ……りょ、了解……!」


 枢に負担を掛けぬよう体勢を安定させようとした結果、彼の背にはたらばの魅惑の果実が思いっきり押し当てられる羽目になったのではあるが……それを指摘すると彼女だけでなく余計なトラブルまで背負い込むことになると判断した枢は敢えてその情報を黙っておくことにした。


 そのまま、1歩進むごとに自分の背中の上でむにゅり、ぐにゅりと形を変える柔らかい胸の膨らみの感触を覚えながら、それでも必死に大通り目掛けて歩き続けていた枢であったが……?


「ん……? たらば、あんた今日の下着、Tバックだったりする?」


「ほえっ!? あ、愛鈴さん、急さ何を言い出すんだが!?」


「いや、結構ぱっつりケツに浴衣が張り付いてるってのに、下着のラインが見えないからさ……もしかしてそういう工夫をしてるのかなと思って」


 とまあ、そこそこに危険な愛鈴の爆弾発言をした瞬間、枢はどこかの導火線に火が点いたことを感じ取る。

 その予想は正しく、自分の背中におぶられているたらばが振り向くと共に、彼女の口から炎上花火とでもいうべき超特大の花火が打ち上げられてしまった。


「ううん、よ! ラインが出ちゃうから、下着はつけてないさ~!」


 ……全員がその言葉の意味を理解するまで、数秒の時間を要した。

 無邪気に、無垢に、とんでもないことを言ってのけたたらばへと、愛鈴が恐る恐るといった様子で再確認の問いかけを発する。


「えっとぉ……? あんた今、下着をつけてないのよね? それはその……パンツとかショーツだけじゃなくって、シャツとかブラジャーとかも……?」


「うん! 本当は専用の下着を用意したかったんだけどね~、時間がなくてできなかったよ~! 来年までには用意しておかないとダメだね~! あはは~!」


 呑気に笑うたらばをよそに、彼女を背負っている枢は愛鈴へと血走った眼差しを向けている。

 よくもまあ、余計なことを聞いてくれやがったなと……通りで普段以上に暴れ回っている2つのパイナップルの感触を余計に意識するような真似をしてくれたことへの怒りを滲ませて元凶を睨んでみせれば、その圧に負けた愛鈴は無言で視線を逸らしてみせた。


「いや~、それにしても枢くんが力持ちで助かったさ~! ささっ、早くお家に帰るために、あともう少し頑張ってよ~! お礼に後で何でも言うこと聞いてあげるからさ~! あははのは~!」


 そんな枢の気も知らないでたらばは呑気だし、リアは状況をよくわかっていないのか頭に?を浮かばせているし、愛鈴は絶対に視線を合わせないようにしているし、芽衣はどこか冷たい視線をこちらへと向けているように思える。

 さりとてここまできておいてたらばを降ろすわけにもいかない枢は、役得でもあり不幸でもあるこの状況に対して涙を流しながら、心の中で精一杯の祈りを天へと捧げた。


(ああ、神様……どうかお願いですから、1周年を迎える頃までには同期たちが俺を燃やさないようにしておいてください。多分、この人たちは神通力でも使わないとまともになりません……)


 とっても失礼だが、絶対に間違いない感想を抱いた彼は、背中で跳ね、潰れ、形を変えるたらばのたわわなたらばの感触を心を無にすることで意識しないようにしながらひたすらに大通りへと続く道を歩んで行く。

 その頭上では、明るく輝くへびつかい座と、そこに向けて発射される大量の花火という彼のこれからを暗示するような光景が広がっていたのであった。








 ……なお、余談ではあるが、この回が放送された直後、大方の予想通り枢は燃えた。

 多分、Vtuberを続けている限りはこんな扱いを受け続けることになるんだろうなと考えた彼は、1周年を迎える頃には同期たちがまともになっているどころか、より火力を増したトラブルを自分の下に持ち込んでくるようになっているんだろうなという確信を抱き、涙したそうな。

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