翌日、面談にて……


「あっはっはっはっは! 災難だったね、零! まさかゲーム配信をやっただけで炎上するだなんてさ!」


「燃えた張本人からしてみれば笑い事じゃあないっすよ……マジで、予想外過ぎる燃え方でしょ、あれ?」


 翌日の昼過ぎ、定期面談のために【CRE8】本社ビルを訪れた零は、昨日の事件を笑う薫子に対してぐったりとした様子で言葉を返していた。

 間違いなく疲弊しているであろう甥へと飲み物を差し出しながら、咳払いをした薫子はそんな零へと優しくフォローを入れる。


「こうして笑える状況にしたお前の手腕を褒めてるんだよ。まさか、次の試合で優勝して強引に喧嘩を終わらせるだなんて、流石だねぇ……!」


「偶々、運が良かっただけっすよ。もう1回同じことやれって言われても、絶対に無理です」


 冷たいお茶で喉を潤してから、昨日の自分の対処法に関して薫子へと一言述べる零。

 リスナー同士の喧嘩によって荒れた空気を次の試合で勝利することで強引に祝福ムードに変え、無駄な衝突を終わらせるというある種のミラクルで事件を解決した彼のことを、薫子は素直に賞賛した。


「運もあったかもしれないが、それでもあんたの対処は素晴らしかったと私は思うよ。リスナーたちが喧嘩してる中でも冷静にゲームに集中してたわけだし、悪い空気を引き摺らないで配信を終えられたのは本当に凄い」


「今更、あんな小火でパニックになったりはしないっすよ。今回の場合、俺の配信は燃えてましたけど、俺が燃えてたわけじゃないっすし……妙な対応さえしてなければ、俺が何をせずとも翌朝にはある程度鎮火してたはずです」


 Vtuberとしてデビューしてから早数か月、その間に巻き込まれた様々な騒動とそこから発生した炎上に巻き込まれた零は、持ち前の肝の強さも相まって随分と強靭なメンタルを手に入れたようだ。

 自分が悪くなくても燃やされることにも慣れている彼は、リスナー同士の対立で配信が荒れるという初めての形の炎上に見舞われつつも、そのことに慌てたりせず平常心で対処してみせた。


 結果、配信が終わるまでにはその炎も鎮火されたわけだが……それはあくまで勝利の興奮で喧嘩を押し潰しただけであって、根本的な解決には至っていないということは零にもわかっている。

 次にリスナーたちが蛇道枢へのアドバイスで揉めた場合、前回と同じ対処はできないと理解している彼がため息をつく中、対面に座る薫子がこんな質問を投げかけてきた。


「零、確認するんだが、お前はスタバトをまだ配信でプレイするつもりはあるのかい?」


「う~ん……最初は事態が鎮静化するまで待とうかと思ったんすけど、ここでプレイを止めるとそれはそれで荒れそうで……正直なところ、迷ってるって感じです」


 自身が何も悪いことをしていないとはいえ荒れた空気を生み出してしまったスタバトを再びプレイするというのはなかなかに危険な行為だ。

 ここは君子危うきに近寄らずという格言の通り、昨日の事件が風化するまで同ゲームを配信でプレイするのは止めようかと考えていた零であったが、SNS上の反応を見て、それにも若干迷っている。


 蛇道枢がスタバトやったら害悪リスナーが喧嘩して炎上した、というニュースは既にネット上に出回っており、問題行動を起こしたファンに対する怒りや枢への同情の声が飛び交う中、こんな意見がちらほらと見受けられているからだ。


【これでくるるんがスタバトを配信でやらなくなったとしたら残念。元々の腕もいいし、飲み込みも早かったから成長を観ていたかったのに……】

【FPS厨って自分の思った通りにゲームをしないとすぐキレて文句言うよな。配信者はお前らの人形じゃあねえっつーの】


 今回の場合、枢に対して攻撃的な声を上げている者はほぼ皆無だが、彼のここからの動向に注目しているファンたちは大勢存在している。

 リスナーたちのせいで大炎上しかけた彼が、今後もスタバトをプレイするか否か?


 普通に考えれば避けるべきではあるが、そうした場合でもそのことを残念がるファンたちが雑談や他のゲーム配信を行っている最中にスタバトのことを話題に出す可能性がある。

 そうなった時にはやっぱりリスナー同士が衝突して配信が荒れてしまいそうだな、と……手を出しても出さなくても危険なスタバトをどう扱うべきかを苦悩する零に向け、ポンと膝を叩いた薫子が口を開いた。


「うん、まあ、そうだろうね。判断が難しい問題だっていうのは間違いない。だからここで、私の方から1つ提案をさせてもらってもいいかい?」


「提案ですか? この件についての、ですよね?」


「ああ、もちろんさ」


 訝し気に自分の顔を見つめる零に頷いた後、彼の目を見つめ返す薫子。

 所属事務所の代表として、彼女はどんな提案をしてくるのだろうかと考える零は、黙ってその話に耳を傾ける。


「今回の問題は、簡単に言えばスタバト初心者の蛇道枢に対して、リスナーたちがあれやこれやと指示を出そうとしたことが原因の騒動だ。ってことは、そいつらがあんたのプレイに口を挟めない状況を作ればいい、違うかい?」


「まあ、確かにそれはそうっすね……」


 薫子の言っていることは間違いではない。

 今回の場合、所謂と呼ばれる厄介なリスナーが自分の意見を枢に押し付けようとすることが問題なわけで、それさえ封じてしまえば彼がスタバトをプレイしたとしても何も問題はないわけだ。


 だが、そんな状況を作る方法なんてあるのか? という当然の疑問を言葉ではなく視線を以て零が薫子へとぶつければ、小さく頷いて肯定の意を示した彼女が、その具体的な方法を述べてみせた。


「簡単だよ。……ゲーム初心者のあんたに手取り足取りプレイングを教えてくれる先生役を迎え入れた上で、スタバトの配信をすればいい。な? 笑っちまうくらいに単純だろう?」

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