特別編・枢と芽衣のクリスマス
特別編・枢と芽衣のクリスマスイブ
――都会の一等地に立つ、巨大なビル。
豪華な内装とそれに見合った立ち振る舞いを見せるホテルマンたちが丁寧に客を迎えるその建物の上階に、静かでありながら煌びやかな雰囲気に満ちているレストランがある。
美味しい料理はもちろん、地上25階もの高度から眺める夜景は美しいの一言であり、恋人たちがデートをするのにうってつけの場所だ。
そのレストランは、本日大盛況を迎えていた。
それも当然の話だろう。なにせ今日は12月24日……クリスマスイブという、世の男女が2人きりで過ごす聖なる夜なのだから。
先に述べた通り、このレストランは恋人たちが過ごすのにうってつけの場所であり、今日という日に勝負をかけようとする男性たちは意中の相手を誘って夜景を眺めながらの食事を楽しんでいるわけだ。
そして今、そのレストランに新たな客たちが訪れようとしている。
ポーン、というレストランに繋がるエレベーターの到着を知らせる音が響き、出迎えのスタッフたちがそちらへと視線を向ける中、ゆっくりと開いた扉から1組の男女が姿を現した。
「ぴえっ……!? わ、わ……っ!?」
開いた扉の先に広がる光景を目にした少女がその豪華さに驚くと共にびくりと体を震わせながら数歩後ずさる。
明るいグリーンカラーのワンピース型ドレスに白いカーディガンを合わせたスマートカジュアルな出で立ちの彼女は、履き慣れていないヒールのせいでよろめいてしまったのだが、その小さな体を支えるようにして男性が彼女の背中へと腕を回してみせた。
「芽衣ちゃん、大丈夫?」
「あ、ありがとう、枢くん……」
普段よりずっと大人っぽい服装をした枢に支えられた芽衣は、とても近いその距離感に緊張しながら彼に感謝の言葉を告げる。
男性らしく、緊張している彼女のことをエスコートしながらエレベーターを降りた枢は、レストランのスタッフに防寒具であるコートを預けてから用意されていた席へと腰を下ろした。
「食前酒をお持ちします。なにか、ご要望はございますでしょうか?」
「シャンパンのような、飲みやすいものをお願いします。あまり、酒に強くないもので」
ボーイと会話する零の姿を、じっと見つめ続ける芽衣。
少し色の濃さが違うネイビーのジャケットとパンツに、ホワイトのシャツを合わせた出で立ちの彼の姿は、清潔感と大人っぽさを両立させたお世辞抜きに格好いい男性そのものといった雰囲気を醸し出している。
そんな彼に対して、自分は些か子供っぽ過ぎるのではないかと、彼に見合った素敵な女性でいられている自信がない彼女がいたたまれなさを感じる中、そんな芽衣の感情を見透かしたかのように零が明るく声をかけてきた。
「やっぱり、少し緊張しちゃうね。こういうところ、初めてだしさ」
「あ、う、うん。しゃぼんお義母さんに感謝しないとね」
「本当にね。まさか、あの人がこんな洒落た店を予約してくれるだなんて思ってもみなかった」
このデートのお膳立てをしてくれた義母についてそう語りながら、優しく微笑む枢。
見た目以外は普段と変わらない彼との会話を繰り広げる中で少しずつ緊張を和らげていった芽衣もまた、彼に応えるように笑みを浮かべる。
ちょうどそのタイミングで運ばれてきたシャンパンを手にした2人は、お互いに見つめ合いながらグラスを交わした。
「メリークリスマス、芽衣ちゃん……乾杯」
「か、乾杯……!」
キンッ、というガラス同士がぶつかる小気味いい音が響く。
20歳になり、大人の仲間入りをした2人は、ゆっくりとグラスを傾けてシャンパンを楽しんでいった。
「……なんだか、変な気分。枢くんと一緒にこんな風にお酒を飲むなんて……」
「ははは、俺もそう思う。義母さんのお膳立てがなければ、こんな立派なレストランに来ることすらないと思うもん」
「あっ! そ、そういう意味で言ったんじゃないよ! ただ、その……こんな、恋人みたいなことするなんて、思ってなかったってだけで……」
「……いいじゃない、恋人みたいなことをしても。俺たち、恋人なんだから」
「……うん」
さらりとそう言ってのけた枢の言葉に、頬を赤らめながら頷く芽衣。
顔の火照りを冷ますように冷えたシャンパンをちびちびと飲みながら、彼女は枢と出会ってから今日までの日々を思い返していた。
「……もう、デビューしてから2年になるんだね。早いなあ……」
「そうだね……でも、これまでの出来事は昨日のことみたいに思い出せるよ」
枢と芽衣が【CRE8】の2期生タレントとしてデビューしてから、2年の月日が経った。
その間に後輩となるVtuberが加わったこともあれば、逆に引退して事務所を去った者もいる。
タレントの去就だけでなく、各個人が様々なイベントに参加したり、各方面に進出したり……時々、例によって誰かが炎上したりと、本当に色んなことがあった、せわしない2年間だった。
そんな毎日の中で彼と絆を深め、恋人という関係になり、色んな幸せを共有して……今日までこうして過ごしてきた。
ファンたちには公開できない秘密の関係なれど、彼とこうなったことに対して芽衣には後悔はない。
少しずつ、同僚や友人とはまた違う絆を彼と深め続けてきた毎日は、芽衣にとってかけがえのない宝物だ。
「ふ、ふふふ、ふふふふふ……!」
「どうしたの、楽しそうに笑って? なにか面白いことでもあった?」
「ううん。ただ、今日まで幸せだったな~、って思ってただけ!」
思い出し笑いをしている自分へと優しく声をかけてくれた枢にそう返しつつ、あることを思い出す芽衣。
料理が来る前にと手荷物であるバッグの中を探った彼女は、そこから小さな包みを取り出すとそれを彼へと差し出した。
「く、枢くん! これ……!!」
「これは……?」
「私からのクリスマスプレゼントだよ。良ければ、開けてみて」
突然の芽衣からのプレゼントを少し驚いた様子を見せながら受け取る枢。
言われるがまま、その包みを開いた彼は、中に納められていた銀色に光る腕時計を目にして嬉しそうに頬を綻ばせた。
「い、いいの? こんな、高そうな物を受け取っちゃって……!」
「うん! ……これからも、一緒に同じ時間を過ごしていきたいなって思ってるから……!!」
そう言って、恥ずかしそうに俯く芽衣。
楽しかったこれまでの日々を思いながら、これからも彼と幸せな毎日を過ごしていきたいと思いながら……その無垢なる願いを受けた枢は嬉しそうに笑みを浮かべると、小さく頷いてから口を開く。
「……じゃあ、俺もプレゼントを渡しちゃおうかな。どうぞ、芽衣ちゃん」
「あ、ありがとう! ……えっ?」
彼もまた、自分と同じようにクリスマスプレゼントを用意してくれていたのだと、気持ちを同じくしていたことを喜んだ芽衣がぱっと顔を上げる。
そして、彼がテーブルの上に置いた物を見て、驚きに目を丸くした。
「あ、あの、これって……?」
「……開けてみて、芽衣ちゃん」
薄紫色の、とても小さな箱。
正方形をしたそれは、芽衣の手の平の上にも簡単に収まってしまうくらいのサイズをしている。
ゆっくりとその箱に手を伸ばし、右手でふたを持ち上げてそれを開いた彼女は……その中に納まっていた物を目にして、言葉を失ってしまった。
銀色の小さな輪に、蒼いサファイアの宝石が飾られたそれと枢の顔を交互に見つめた芽衣は、彼が真剣な表情を浮かべていることに気が付くと共に大きく心臓を高鳴らせる。
「……クリスマスプレゼントとはまた少し違うかもしれないけど……受け取ってくれるかな?」
「あ、えっと、あの、その……っ!!」
左手の薬指のサイズに合わせた、小さな指輪。
自分が贈った腕時計よりも高価で、値段では計れない想いが込められたそれを視界に入れながら、芽衣は枢の言葉を待ち続ける。
美しいピアノの伴奏も、窓の外に煌めく星々の輝きすらも感じ取れなくなっている芽衣は、全ての神経を枢の動きと言葉に集中させていた。
ややあって、深呼吸を行って覚悟を決めた枢が、真っ直ぐに彼女を見つめながら口を開く。
「……急なことで、驚かせちゃったと思う。でも、俺は本気だから……どうか、受け止めてほしい」
「っっ……!?」
真剣な彼の眼差しに、その声に込められた感情に、忘れていた緊張がぶり返してくる。
ドクン、ドクンという胸の高鳴りを感じながら、彼がなにを言わんとしているかを理解しながら……その決定的な一言を待つ芽衣へと、枢が自らの想いを込めて言葉を贈った。
「羊坂芽衣さん……俺と、家族になってくれませんか?」
「……は、はいっ! よろしく、お願いします……!!」
枢からプロポーズを受けた芽衣は、迷うことなく笑顔でYesの答えを返す。
彼女に自らの想いを受け入れてもらえた枢もまた、真剣な表情を崩すとどっと押し寄せてきた緊張による疲労感を誤魔化すように笑みを浮かべながら立ち上がると、送ったばかりの指輪を手にしながら芽衣の左手を取った。
「……よかった。サイズ、ぴったりだ」
「うん、そうだね……!」
キラキラと輝く蒼の宝石と、その中に見える幸せそうな自分自身の顔を見つめながら芽衣が頷く。
改めて、今日という日に新たな関係性へと踏み出した2人のことを、夜空に輝く星々が優しく見守っていた――
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