これからも、どうぞよろしく


「……本当にありがとう。プリン、美味しかった。次は俺が作るから、また一緒に食べようよ」


「うん! 楽しみにしてるね!」


 全員揃ってプリンを食べた後、零は有栖と共に使い終わった食器を洗っていた。


 自分のためにプリンを作ってくれたお礼として洗い物を一手に引き受けようと思っていた彼であったが、手伝いを名乗り出た有栖と話すいい機会であったし、単純に助かるという理由でその申し出を受け入れ、彼女に洗い終わった食器を拭いてもらいながらこうして会話をしている。


 騒ぎながら、はしゃぎながら、笑い合いながら……誰かが自分のために作ってくれた料理を食べるということへの幸せを噛み締めた零は、流れる水を止めると手を拭いてから有栖と共にプリンカップを拭く作業へと移っていった。


「……プリンへの苦手意識、無くせたかな?」


「完全には無理かな。でも、見るのも嫌だっていうレベルじゃあなくなったよ。少なくとも、またこうして有栖さんたちと一緒に食べたいって思うくらいには進歩したと思う」


「そっか……よかった、で、いいのかな?」


「いいんだよ。凄く楽しかったし、嬉しかった。こうして俺のために動いてくれる人がこんなにいてくれるんだってことを実感することも出来たしね」


 背後を振り返り、リビングで騒ぐ同期たちを優しい目で見つめながら零が言う。

 その横顔に、確かな幸せの2文字を見て取った有栖もまた小さく微笑むと、彼へとこんな言葉を送った。


「これも全部、零くんの今までの積み重ねだよ。さっきも言ったけど、私たちは全員、零くんに感謝してる。これまで私たちのために一生懸命になってくれたあなただからこそ、全員が一丸となって零くんのために動こうって思えたんだよ」


「積み重ね、か……なら、こういう楽しい思い出も積み重ねていけるのかな? いつか終わりが来るまで、こうして一緒に色んな思い出を作っていけるんだろうか?」


「きっとそうだよ。それに、零くんが考えているより、終わりの日はずっと遠いと思うよ? Vtuberとしての活動を引退して、それぞれの道を歩み出したとしても……私たちの絆って、そう簡単に切れるものじゃないと思うんだ。頻繁に顔を合わせることは出来なくなると思うけど、それでもずっと一緒にいられるはずだよ」


「……ああ、そうだね。有栖さんの言う通りだ」


 彼女の言葉に、意見に、深く頷きながら、最後の1つであるプリンカップを拭き終えた零がそれをキッチンに置く。

 同じく、布巾を置いて手についた水滴を拭っていた有栖へと向き直った彼は、お辞儀をしながら彼女へと自身の気持ちを伝えた。


「改めて、本当にありがとう。そして、これからもよろしくお願いします。楽しいことも大変なことも一緒に経験して、みんなで歩いていこう」


「こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします……沢山迷惑を掛けちゃうと思うけど、許してね」


 互いに頭を下げ、丁寧にこれからもよろしくとの言葉を送り合った後、顔を上げた2人は同時に噴き出し、笑った。

 気恥ずかしさや、この状況のおかしさや、その他諸々の色んな感情についつい噴き出してしまった零は、有栖と共に暫しの間そうして笑い合った後、視線を横に反らして口を開く。


「……で、あなたはそこでなにをしてるんですか? さっきから行動が異常過ぎて流石に困惑してるんですけど……?」


「いやぁ……いいものが見れたなあって、神に感謝してるところ……っすかねぇ? ああ、生きててよかったなぁ……!」


 零の視線の先には、床に正座して涙を流す梨子の姿があった。

 プリンを食べていた時の姿勢に加え、まるで仏さまにするように両手を合わせて自分たちのことを拝む彼女の行動を突っ込む零であったが、梨子はそんな指摘もまるで気にせず、五体投地して自分たちか、あるいは神に感謝を捧げている。


 まあ、彼女からしてみれば、息子夫婦の尊いやり取りを間近で見ることが出来たという母親ママ冥利に尽きる状況であり、将来的に息子夫婦と同居したらこんな感じになるのかな~、というあり得ない妄想に浸って幸せをこれでもかと享受する彼女の姿に溜息を吐いた零は、取り合えず今は梨子を放置しようという結論に達して、同期たちへと声を掛けた。


「洗い物、終わりましたよ~っと。んじゃ、このままついでに今晩の配信の打ち合わせしちゃいましょうか!」


「了解! とはいっても今日はマシュマロ配信だし、それぞれのとっておきのマロは秘密にして、全員で答えられるようなやつだけ選んでおこうか!」


「とっておきのマロ=クソマロね。零のところには沢山来てるんだろうな~!」


「おぉ……! 噂のクソマロ配信ですね……!!」


「少し不安だけど、楽しみでもあるんだよね。リスナーさんたち、どんな質問を送ってくれてるのかな?」


「いや、下手すると質問でもなんでもないからね? ただの怪文書とかが結構送られてきてるからね? 楽しみにするもんじゃないってことだけはよく覚えておいてよ!?」


 わいわいと騒ぎながら、本命にはならない前座のマシュマロを選定し、仲間たちへと提案していく2期生たち。

 その話し合いを見つめる梨子は、うんうんと大袈裟に涙を流しながら頷くと……ぽつりと、誰にも聞こえないような声で呟きを漏らす。


「よかったっすねぇ、零くん……! 本当に楽しそうで、よかった……!!」


 血は繋がっていないが、本当の母親ではないが、出会ってまだ間もない間柄だが……それでも、彼を想うこの気持ちは本物だ。

 暗い過去を持つ零の心が、仲間たちの手で解きほぐされて明るくなっていく様を見守る梨子は、母親ママとしてそのことを心の底から喜ぶのであった。


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