2期生ウィークの終わりは、いつものオチ



『り、リアちゃん!? 急にどうしたの!?』


 突然のリアの変貌に、流石のたらばも驚きを隠せないようだ。

 2期生ウィークが終わりそうになって寂しさを覚える気持ちもわかるが、どうしてそこまで……と、困惑する一同に対して、涙声のリアが話を続ける。


『だって、もう少すでわーは地元さ帰らねばいげねぐなるし、次にこっちに遊びに来ぃるのも数が月後になるでしょうし……皆さんと一緒さ過ごすた毎日楽すくてあったはんでごそ、終わりだぐねって思ってまうんだ……』


『そっかぁ、そうだよね……リアちゃん、そう簡単にこっちには遊びに来れないもんね。お別れが寂しくなっちゃったのかな?』


『しょうがないとはわかっていても、心にくるものがあるよなぁ……俺も正直、別れ難いですもん』


『寂すいよ~! もっとみんなど遊んでたいよ~! いっぱいっぱい、楽すいごどすてたいよ~!! わ~ん!!』


『あわわわわ……! な、泣かないで! リア様、元気を出してください!!』


【ガチ泣きリア様、かわいいけど見てると心が抉られる気持ちになる】

【本当に2期生のみんなが大好きなんだな……】

【昔、夏休みとかに田舎のばあちゃんちに遊びに行って、帰る日に号泣してた頃のことを思い出したわ……】


 楽しい日々にも終わりはやって来る。そうなったら、各々の日常に戻らなくてはいけない。

 リアにはリアの生活があり、学生である彼女は夏休みが終われば学校に通わなくてはならないのだ。


 それは仕方がないことだと頭では理解していても、こうして初めて尽くしの楽しい毎日を送り、その中で深まった同期たちとの別れを惜しむ気持ちはそう簡単に止められるものではない。

 特に1人だけ地方住まいでそうそうこちらに遊びに来れないリアの寂しさは、枢たちの想像を超えるものだ。


 彼女の言う通り、夏休みが終われば新学期が始まり、長期の休みはなかなか訪れない。

 そもそも、長い休みの度に娘が都会に遊びに行くことをリアのご両親が心配するかもしれないし、節度も考えなければならないだろう。

 ある意味では身軽な枢たちと違って、子供であるが故に様々な制約を背負っているリアにとっては、夏休みの終わりは枢たちとの長い長いお別れを意味しているのだ。


『そんなに泣かないでくださいよ! 確かに距離は離れてるけど、話は出来るでしょう!? 寂しくなったら通話してくれれば、みんなでお喋り出来ますから、ね!?』


『そうだよ~! それに、まだリアちゃんが帰るまで少し時間があるじゃない! その間、みんなで色んなところに遊びに行って、思い出いっぱい作ろうよ~!』


『ひっく、ぐすっ……! みんなで、ですか?』


 配信の最中、寂しさのあまり泣きだしてしまったリアを必死に慰め、励ます枢たち。

 たらばが放った一言に反応した彼女が一瞬泣き止んだことを見た彼らは、更に続けて言葉を重ねていった。


『そう! 今日みたいに車出してさ、プールとかお祭りとか行こう!! 美味しいものもいっぱい食べて、みんなで思い出沢山作りましょ! ねっ!?』


『写真も沢山撮って、お揃いでなにか買ったりして……リア様がお家に帰っても楽しかった今日を思い出せるものをいっぱい作りましょうよ!』


『ぐすん……! じゃあ、この後もお喋りすてぐれます? みんなで一緒に過ごすてぐれますか?』


『よ~し、わかった! じゃあこの後、お姉さんの家でパジャマパーティーするさ~! ここで買った飲み物とか、コンビニで買ったお菓子とか持ち寄って、みんなで夜更かししよう!! それでリアちゃんも寂しくないね~!』


『んんっ……! うん、うんっ。それなら、寂しくないです……!!』


 懸命の説得とたらばの提案によるお泊り会の開催が決定したことで、ようやくリアも心を落ち着かせられたようだ。

 同期たちとほっと胸をなでおろした枢もこれで一安心とばかりに、彼女へと声をかける。


『よかったですね、リア様。まだみんなと一緒にいられますよ』


『はい……! お見苦しい姿を晒して、申し訳ないです……』


『あはは、お気になさらず。そこまで俺たちのことを好きになってもらえたってわかって、嬉しかったですから』


 配信中に泣いてしまったことへの恥ずかしさを募らせて顔を真っ赤にするリアを優しくフォローする枢。

 ほんの少し前まで無口で不愛想だった彼女が、ここまで自分たちと深い関係を築き上げられたことを素直に喜び、絆の素晴らしさを実感していた彼であったが……?


『本当によかったです! 蛇道さんも、わーといっぱいお喋りしましょうね!』


『……うん? ん、んん……?』


 ……なにか、嫌な予感がする。

 嬉しそうに話すリアの言葉を耳にした瞬間、自身の本能がけたたましく警鐘を鳴らし始め、焦げ臭いにおいを嗅ぎつけた枢は小さな呻き声を上げて首を傾げた。


 先のリアの発言、なにかがおかしくないだろうか……? と、彼がその違和感を覚える部分について思考を深める前に、満面の笑みを浮かべたリアがその答えを口にしてみせる。


『わー、パジャマパーティーって初めでだ! 2期生のみんなどお泊り会出来るなんて、夢みで!!』


『……あー? うー? あぁ……? みんなで、お泊り会……?』


 無邪気で無垢な笑顔を自分へと向けるリアの一言が、枢の周囲に猛烈な勢いの炎を燃え上がらせた。

 この感じ、間違いない。彼女はこのパジャマパーティーに、枢も参加すると思い込んでいるのだ。


 冗談ではない。というより、そんなことがあっていいはずがない。

 女性であるたらばの家に上がるだけでも危険なのに、自分以外は女性である同期たちとそこで夜を過ごすだなんてことを配信で承諾したら、そんなもん絶対に叩かれるに決まっているではないか。


『あー……リア様? あのですね、流石に男の俺がそのパーティーに参加するってのは、問題がですね――』


 だから枢は丁寧に言葉を選びながら、彼女の誤解を正そうとした。

 男である自分が、女性だらけの夜会に参加出来るわけがないだろうと……そう告げようとした彼であったが、目の前のリアの表情がみるみるうちに元の泣き顔に戻っていく様を見て、感じていた嫌な予感を超加速させながら表情を引き攣らせる。


『じゃ、蛇道さん、一緒に遊ばないんですか? みんな一緒って言ったのに、来てくれないんですか……?』


『うぐぅっ……!?』


 罪悪感が凄い。心苦しさがとてつもない。

 女性に混じって男性がパジャマパーティーに参加することなんて出来ないという、ごく当たり前のことを告げるだけなのにプレッシャーが半端ではない。


 そんな風に再び幼女化し、今にも泣きだしてしまいそうな表情を浮かべるリアの様子に言葉を詰まらせた枢へと、同期たちからの鋭い突っ込みが飛んできた。


『ちょっと枢! あんた何やってんのよ!? 折角泣き止んだのに、リア様また泣きだしちゃったじゃない!!』


『そこはリアちゃんの気持ちを汲んであげないとダメだよ~! 寂しそうにしてるんだから、一緒にいてあげた方がいいさ~!』


『ぐっ!? いや、でも、あのぉ……!?』


 ……枢の目には、自分が選択出来る2つの道が映っていた。

 1つはリアのためにパジャマパーティーに参加することを承諾する道。もう1つは常識と照らし合わせて強引に話を断る道。

 選択肢は2つあるように見えるが……その先に待ち受けるものはどちらも同じだ。


 ……それ一択である。


 参加を承諾してしまえばもちろんリスナーたちからの嫉妬を買って炎上。拒否すればリアを悲しませたことでリスナーたちからの怒りを買って炎上。

 逃げ道はなし、燃え盛る炎の道のどちらを進むかと悪魔から問われている気分になった枢は、リアと同じく今にも泣きだしそうな表情を浮かべると共にがっくりと肩を落とす。


『嘘だろ……? ここまで7日間頑張ってきて、エモい雰囲気にもなって……オチが、これかよ!?』


 沢山の人と関わり合い、数々の困難を共に乗り越えて、絆を紡ぐことは本当に素晴らしいことだ。

 だがしかし……時としてその絆が自分に対して牙を剥くこともあると、Vtuber活動で得た最大の収穫である同期との固い絆によって絶体絶命のピンチに陥った枢が呻く中、そんな彼を不憫に思った芽衣が声をかける。


『枢くん……今、なにか言いたいことある?』


 助けにはなれないけど、少しでも気晴らしになるように……と、おずおずとした力ない雰囲気で声をかけてくれた芽衣へと大きく頷いた後、深く息を吸う枢。

 その様子にある種の期待を募らせ、いそいそと投げ込むための火炎瓶を用意し始めたリスナーたちの耳に届け(鼓膜よ破れろ)とばかりに、枢はお決まりの文句を大声で叫ぶのであった。


『やっぱり……Vtuberってめんどくせぇぇぇぇぇぇぇっ!!』






 その後、枢がどちらの道を選んだのかは各人の想像に任せることとしよう。

 彼がどうなったかは……敢えて言葉にするまでもないのだから。

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