第8問(¥3000)




『え~……では、気を取り直して8問目に行きましょう! ここからは真面目に、真面目にね……!!』


 間違ったヒントを出したことへの贖罪としてポケットマネーから賞金を補填することになったしゃぼんは、その際に枢と交わした約束に従って真面目に司会進行を行うよう、自分に言い聞かせていた。

 ちょっと違和感のあるその姿に失笑するリスナーたちをよそに、彼女は一生懸命に自分の役割を遂行していく。


『第8問は、練習問題と同じく2期生全員の意見を一致させるクイズっす! 心を1つにして、賞金を獲得してくださいね~!』


『おっ、いいねえ! これなら知識とか関係ないし、十分正解のチャンスはあるよ!』


『問題は、どんな選択肢が出るかっすね。流石に練習問題の時みたいな単純なものはもう出ないでしょうし……』


 自分たちの答えを一致させる、お互いの理解が重要になってくる問題に対して、不安とやる気を半々にした気持ちを抱く2期生たち。

 出来る限り少ない選択肢で、かつ単純なものだといいな……と考えていた彼らであったが、しゃぼんが読み上げた問題を聞き、全員が目を点にしてしまった。


【CRE8が誇る、みんなが大好きな優しくって素敵なママは誰? A.星野薫子 B.柳生しゃぼん(全員の答えが一致したら3000円)】


『……柳生さん? 舌の根の乾かぬ内にそういうことするの止めてもらえます? フラグ回収するにしたって、もう少し時間が経ってからにしてもらえません?』


『ちっ、ちがっ! 違うんすよ! いや、違わないんすけど、こんな流れになるとは思ってなかっただけであって、決してちやほやしてほしいという気持ちがなかったとは口が裂けても言えないんすけど、とにかく違うんですって!!』


 真面目にやると約束してからおよそ2分。たったそれだけの時間でその約束を反故にしたしゃぼんへと枢が冷ややかな言葉を投げかける。

 半泣き状態になっている彼女は必死に言い訳にならない言い訳をするが、2期生たちもフォローを入れられずに困ってしまっていた。


『いや~……これは流石に、ねぇ……?』


『運が悪いというか、逆に持ってるっていうか……』


『ある意味凄い人だね、しゃぼんさんって』


『仏の顔も三度までって言いますし、そろそろ本気でかばい切れなくなってくる頃なんですけど……』


『違う! 違うんです! お願いだから話を聞いてください! 土下座でもなんでもしますから!!』


【ん? 今、なんでもするって――】

【#定期的に配信しろしゃぼん】

【#息子を燃やすなしゃぼん】

【#真面目に活動しろしゃぼん】

【#この内容で一切エッッな内容が出ないのは逆に凄いぞしゃぼん】


『はぁ……じゃあ、一応聞いてあげますから、弁明してください』


 あまりに必死過ぎるしゃぼんの懇願を大笑いするリスナーたちがおなじみの#芸に興じる中、なんだかんだで母親に甘い枢が彼女に弁解の機会を与える。

 冗談抜きで土下座していたしゃぼんは息子からの慈悲に泣きながら顔を上げると、全身全霊の言い訳もとい、この問題の真意を語り始めた。


『これはもう、本当に、冗談抜きで、自分から2期生のみんなに賞金を上げるために用意した問題だったんすよ! この問題が出たら、AにせよBにせよ答えが一致する可能性が高いでしょう!? Aなら自分がズッコケて泣いて笑いが起きて盛り上がる! Bなら自分が嬉しい!! どっちに転んでも美味しい上に、みんなも賞金をゲット出来て万々歳じゃないっすか!!』


『……本音は?』


『これが本音っすから~! 正真正銘ガチのマジに言ってるっすから~っ!! 可愛い坊やや2期生のみんなに美味しいもの食べてほしくって自分が捻じ込んだ、いわばママの思いやりなんすよ~! 信じて、信じて~っ!!』


『……なんか、本気っぽいわね。ここでボケないところにマジさを感じるわ』


『しゃぼんさん、駄目なママだけど私たちや枢くんを愛してくれてる気持ちは本物だしね~!』


『わー、大の大人が本気で泣くところ、初めて見た』


『信じてあげようよ、枢くん。柳生さんに邪念がないとは言わないけど、本当に私たちに正解してほしいみたいだしさ……』


『……わかったよ。ほら、とっとと泣き止んでくださいって。もう俺たち、答えは書き終わってますし』


『ふぐぅ、えぐっ、うぐぅ……!』


 何故だかこの場で最も年上であるはずの人間が子供のように泣きじゃくっているという状況に溜息を吐きながら、枢がしゃぼんへと声をかける。

 その言葉に顔を上げたしゃぼんは半泣きの状態で全員の答えを確認すると、その結果を視聴者たちへと発表してみせた。


『だ、第8問の結果は……全員が、B! ということで、この問題は心を1つにした2期生のみんなの大勝利っす!!』


『ったく、同情票を集めようとしないでくださいよ……』


『ふふふ……! でも、枢くんは最初からしゃぼんさんって答えようとしてたでしょ? それくらい、私たちにはお見通しなんだから!』


『なんだかんだで枢くんもしゃぼんさんのこと大好きだしね~! 迷惑かけられても許してあげる辺り、本気で大事に思ってるのがわかるよ~!』


『母っちゃだげでなぐ、息子さんの方の愛も本物なんだね!』


『ホンットわかりやすいんだよね、あんたってさ!』


『……覚えとけよ、愛鈴。配信終わったらボコボコにしてやっからな』


『なんで私だけなのよ!? 全員平等にボコボコにしなさいよ!!』


 こうやって怒ることはしても、しゃぼんのことを大切に思っていることは否定しないんだなと、枢の行動を微笑ましく見守る芽衣はそう思うも、敢えて言葉にはしないことにした。

 愛鈴と喧嘩する枢がいいお母さんと巡り合えたことを喜んでいるのは彼女だけではなく、リスナーたちも【親子てぇてぇ】や【枢は本当にいい息子やで……】といったコメントを送り、感激に浸っている。


『うっ、ううっ……! ありがとうね、みんな……! ママ、頑張るから。今度こそ本当にいいママになってみせるから、坊やも見ててちょうだいね……!』


『もう特に期待してないんで大丈夫です。見てると余計に疲れるんで』


『ひどいっ! ここはもう少しママを感動に浸らせてちょうだいよっ!!』


『ほら、元通りじゃないっすか。もうわかりましたから、とっとと次の問題に行ってくださいよ』


 こうしてしゃぼんにぶっきらぼうに接するのは照れ隠しなんだろうな~だとか、この話を続けるのが恥ずかしいから早く次の問題を出してほしくて急かしてるんだろうな~だとか、色々と思うところがある2期生だったが、それは指摘しないことにした。

 その代わり、母親と接する枢のことを暖かい目で見守りながら、彼女らは嬉しそうに何度も頷き続けるのであった。


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