出題者、やらかす


『えっ……!? い、いやその、確かにわかりにくいヒントだったとは思うっすけど、そ、そこまで言われちゃうっすかね……?』


『あ~、わかりにくいとかそういうんじゃないんですよ~! ヒントそのものが間違ってるんですよね~!』


 にこにこのたらばとびくびくのしゃぼん。両極端な表情を浮かべている2人の顔を見比べる2期生たちがちょっとだけ出題者のことを不憫に思う。

 が、しかし、なんとな~くだがここが賞金獲得のチャンスであることを理解している4人は、口を挟まずにたらばの話に耳を傾けることにした。


『しゃぼんさんが出したヒントの答えって、アドマイヤベガでしょ~? でも、この問題の答えってアトマイザー、じゃない? 語感も名前もよく似てるけど、トとドでしっかり違っちゃってるんだよね~!』


『あ、あれ? あ、そ、そっか。言われてみれば、確かに……で、でもでも! それ抜きにしたって枢坊やは答えを外してるじゃなっすか! 2文字目を担当したたらばちゃんはしっかり正解してるし……』


『それはそれ、これはこれ、さ~! 私たちはヒントをもらうために一生懸命頑張ったのに、しゃぼんさんは適当なヒントを出して……とっても悲しいね~、くすん』


『あ、あれ~? こここ、これはマズいんじゃないっすか、自分!?』


 ほんの少し、たった1文字、それだけのミス。

 だがしかし、たらばの指摘によってそのミスが大きく取り上げられた結果、話の流れが自分にとって非常に悪いものに変わっていくことを感じたしゃぼんがごくりと息を飲む。


 実際、コメント欄は煽りが半分と彼女の適当な仕事を叱責する声が半分ずつといった有様で、ほぼ十割自分が責められている状況なのではあるが……しゃぼんが恐れているのは、そこではなかった。


『……へえ? そうですか。柳生さん、随分と適当なお仕事をなさったんですねぇ……!!』


『ひ、ひぃぃっ!?』


『人にあんな屈辱を味わわせておいて、わかりにくい上にそもそも間違っているヒントを出すだなんて、本当に度胸があるなぁ……! 柳生さんのその図太さだけは、俺も見習いたいっすよ』


『ぼぼぼ、坊や、落ち着いて! こここ、これは、ままま、マンマのほんのちょっとした失敗であって、けけけ、決して悪気があったわけじゃあ――』


『俺、坊やじゃないですよ、柳生さん。俺はあなたをママなんて読んでないし、息子じゃないんで』


『ンノォオオオォオオオォオオオオッ!! 待って! 本気で待って! ガチのマジで自分を見捨てにかからないで~っ!!』


 しゃぼんがなによりも恐れていたもの、それは愛する息子である枢の怒りであった。

 調子に乗った自分が出した条件によって、ヒントと引き換えに恥ずかしい台詞を言わされた彼の屈辱は相当なものであっただろう。


 その上で、役に立たないヒントを出されただけでなく、そもそもそのヒントが間違っていたということを知らされた彼がどうなるのか?

 そんな彼女の不安に対する答えを教えてやるとばかりに丁寧かつ冷ややかな口調で接してきた枢の反応に、普段の3倍は焦ったしゃぼんが必死に言い訳を行う。


『めめめ、芽衣ちゃん! 一生のお願いっすから、枢坊やを説得してください! お願いしますなんでもしますから!!』


『あ、その……多分、私には無理だと、思います……枢くん、本気で怒ってるみたいなんで……』


『羊坂さんでも無理だば蛇道さんば説得出来るふとはいねね。2人の親子関係、終わりだ』


『言わないで! 残酷な現実を突き付けないで! メンタルが! 自分のガラスよりも脆いハートが粉々になるっ!!』


 今、ヒントの件を抜きにしても問題には不正解だったことを指摘しても意味がない。

 それどころか、枢の怒りの炎に油を注ぐだけだ。


 故に、しゃぼんが取った行動は謝罪の一択であり、枢が誰よりも甘く接する芽衣にも助力を要請したわけでなのだが、困り顔の彼女はそう言ってしゃぼんからのお願いに応えることはしなかった。 

 続け様に放たれたリアの一言にしゃぼんが本気でメンタルを崩壊させる中、この事態を引き起こしたたらばへと愛鈴が問う。


『ねえ、なんであんたあのヒントの答えがわかったの? 1999年って、まだあんたも生まれてないでしょう?』


『最近お馬さんのソシャゲ始めたんだよ~! そのおかげで答えがわかったんさ~!』


『ああ、なるほど……』


 自分たちとは縁もゆかりもない競馬に関する情報をどこで仕入れたのかという自分の問いに対するたらばの答えに納得したように頷く愛鈴。

 そんな呑気なやり取りの裏では、しゃぼんによる最終手段を用いた全身全霊の謝罪が行われていた。


『わ、わかった! わかりました! 問題の答えは不正解だったっすけど、出題者として間違ったヒントを出した責任を取るために、自分がポケットマネーで賞金の半額である1500円を出します! それでチャラにしてくださいっす! ね? ねっ!?』


『……もう調子に乗って適当な司会進行はしないですか?』


『しない! しません! ここからは心を切り替え、真面目なMC兼ママで行かせていただきますから!』


『薫子さんから出された締め切りも守ります? ついでに、自分のチャンネルでの配信も定期的にやりますか?』


『守る! やる! 悪魔、嘘吐かな~い! だから縁切りだけは本当に待って! 坊やに見捨てられたら、それこそ精神崩壊して何も手につかなくなっちゃうっすから!』


【完全降伏で草。でも自業自得だから仕方ない】

【さらっと仕事に対する約束を取り付けてる枢、流石やでぇ……!】

【#息子をお小遣いで懐柔しようとするなしゃぼん】


『も、もうそろそろ許してあげてもいいんじゃないかな? 柳生さんも反省してるみたいだし、これ以上責めるのは可哀想だよ』


 失敗の償いとして賞金の半額を自分が出すというしゃぼんの提案に対して、枢が追加の条件を付け足す。

 その上で、コメントに煽られる彼女を不憫に思った芽衣が枢の怒りの炎が落ち着いてきたタイミングでやんわりと仲裁に入れば、小さく溜息を漏らした彼がぼそりと呟きを漏らす。


『……取り合えず今はそれで納得しますから、さっきの約束は絶対守ってくださいよ。わかりましたね?』


『は、はいっ! 肝に命じさせていただきます!!』


『うんうん! というわけで答えは外しちゃったけど、1500円獲得だね! やったさ~!』


『……もすかすてなんだばってもしかしてなんですけど、花咲さんってわー思ってら何倍もおっかなぇ人だったりすます?』


『怖い人でも悪い人でもないと思うわよ。ただ、悪気なく行動した結果、人の急所を思いっきりぶん殴ったり、枢に放火したりするってだけ』


『なんか、それだけ聞くと花咲さんの方が悪魔っぽいですね……』


 いい笑顔で話が上手く纏まったことを喜ぶたらばの様子を見た芽衣たちがこそこそとそんなことを話し合うと共に、小さく頷き合う。

 無邪気に放り投げられる火炎瓶の被害に遭うのは、もしかしたらあの親子の宿命なのかもしれないな……と、声に出さずとも同じことを考えた3人は、そんな枢としゃぼんのことを若干不憫に思いながら、からからと笑い続けるたらばを見つめるのであった。


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