本日の、最大火力


『……は? はあああぁっ!? 添い寝? たら姉今、添い寝って言った!?』


『うん、言ったよ~! 最終戦のお題は、添い寝ボイス対決――』


『待て待て待て! 待って! ちょ、これは流石に……おかしいでしょ!?』


 最終戦、芽衣とさくらとの戦いのお題を聞いた枢が素っ頓狂な叫びを上げる。

 そんな彼の気も知らずに呑気にテーマを繰り返したたらば……というよりこのお題を設定したであろうスタッフに向け、枢は猛烈な勢いで抗議を行った。


『おい誰だ!? このテーマを設定した奴は!? 名前を出せ! 俺と一緒に炎上しろ!!』


『落ち着いて! 落ち着いてください、蛇道さん!』


『これが落ち着いていられる状況ですか! 添い寝ってそれ即ち同衾でしょう!? ワレクラでベッド並べるだけで炎上する世の中で、そんな過激なネタを出したらどうなるかなんて目に見えてんじゃないすか!!』


 枢の言う通り、対象を指定しての添い寝ボイスは非常に可燃性が高い代物だ。

 芽衣とさくらという2人の人気女性Vtuberと同衾している設定を組み上げられるだけでもまず燃えるだろうに、そこにASMRボイスまで加わってしまったら自分は灰と化すまで炎を投げ入れられる気しかしない。


 これは洒落にならないぞと、全身全霊の叫びで猛抗議する枢は、勢いを止めぬまま突っ込みを連発していった。


『そもそもこれまで夏の海とか月見とか雪景色とか、季節感を大事にしたお題でやってたじゃないっすか! ここまできたら普通は残った春っぽいテーマになるでしょ! それがどうして添い寝!? 季節感は何処に消えた!?』


『あ、カンペだ。え~……若く初々しいカップルが2人で同棲を始めるタイミング=新生活が始まる季節=春……ってことらしいよ』


『言っちゃったよ! あいつら、カップルって言っちゃったよ! 言い訳するつもりが大量の燃料追加投入してきやがった! 俺にだって燃やしていい限度ってものがあることを忘れんなよ!?』


【くるるんwwwブチギレてんじゃねえかwww】

【不謹慎だが草。だけどどうしてこうなった……?】

【う~ん、スタッフも枢の扱いをよくわかってるな~!】

【安心しろ、枢! 今回燃えるのはお前だけじゃなくて、この配信の内容を決めたスタッフも一緒だ!】

【枢と共にスタッフが燃えることで大々的に製品のアピールを行う。これが本当の炎上商法】

【なお、枢は完全に巻き込まれ損である模様】


 純度100%の焦りと怒りを込めた叫びを上げる枢であったが、リスナーたちはそんな彼の様子を実に楽しそうに見守っている。

 よくもまあこんな危険な企画にGOサインを出したなとスタッフや責任者たちの決定に感心している彼らは、今すぐに暴動を起こすような雰囲気ではなさそうだ。


 それに加え、コメント欄ではこんな意見もちらほらと見受けられていた。


【添い寝、添い寝……ASMRボイスの定番シチュだし、これは欲しい……!】

【俺は今から同棲を始めた枢と芽衣ちゃんを見守る壁になる】

【濃厚なくるめいを見れる喜びとさくらによる枢のNTRを見ることになる背徳感がせめぎ合っていて辛い】


 添い寝ボイスというのは、ASMR配信において実に王道的なシチュエーションだ。

 それが故にお題を聞いた視聴者たちも期待を疼かせ、大いに盛り上がっている。


 こうなってしまってはもう、枢にはこの場をどうにかすることなんて出来はしない。

 上からも下からも、おまけに横からも送られてくるプレッシャーに屈した彼ががっくりと項垂れる中、この危険極まりないテーマを確認した演者の2人は、先攻後攻の順番を決めるための話し合いを行っていた。


『順番は、どうしましょうか? ここまでの順番を見ると、次は【CRE8】チームが先攻を取るべきなんでしょうけど――』


『いや、ここは私が先攻でお願いします! 大逆転チャンスを与えてもらった上にASMR配信経験者が初心者を相手に有利な後攻をもらうだなんて、流石に悪過ぎますんで……!』


 と、額に冷や汗を流しながら率先して不利な先攻を選ぼうとしているさくらが言う。

 その言葉は決して嘘ではないが、それ以上にこの空気の中で芽衣を差し置いて大トリを務める自信なぞ持ち合わせていないという理由で先に演技を行おうとしている彼女は、芽衣から先攻を譲ってもらえたことに大きく安堵の息を漏らした。


『では、先攻は【SEASON】チームの春日野さくら選手! 後攻は【CRE8】チーム、羊坂芽衣選手ということでよろしいですね!? 双方、全力を尽くした添い寝ボイスで枢くんを蕩けさせちゃってよ~!』


『はい! 大逆転勝利のために、頑張っちゃいますよ~!』


『頑張らないで……全力を尽くさないで……2人が本気を出せば出す程、俺の周りを取り囲む炎の勢いが激しくなっていくから……』


 さくらの意気込む声に紛れて枢の悲痛な嘆きが聞こえた気がするが、出演者もスタッフもリスナーも全員がそれを聞かなかったことにした。

 そんなこんなで枢1人だけを置いてきぼりにしながら、ASMRボイス対決最終章となる第4試合が幕を開け、先攻であるさくらが口を開く。


『では、添い寝シチュエーションでのASMRボイス……行かせていただきます!』


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