特別ルールの、提案
『さあ! いよいよ次がラスト! 最終戦である第4試合のお題を発表するさ~!』
『ちょ、ちょっと待った~! ……1つ提案があるんですけど、聞いてくれません?』
そんなこんなで第3試合の興奮が治まりつつあった配信の中、最終戦のお題を発表しようとするたらばの言葉を遮ったさくらが台本にない発言をした。
なんだなんだと視聴者と出演者が彼女へと視線を集中させれば、さくらは最終戦に関しての特別ルールを提案してみせる。
『次の勝負なんですけど~……勝った方に1万ポイントってことにしません?』
『ぶっはっ!? ちょっと待った! それが通ったら、ここまでやったオレたちの勝負が全部無駄になっちまうんだが!?』
『一発逆転の策としても、あまりにも風情が足りないというか……』
『いいじゃないか、引き分けでも。勝ち負けなんて些末なものだろう?』
『あんたらは黙ってなさい! こちとら今から審査員の嫁と戦うのよ!?』
仲間であるはずの【SEASON】メンバーたちからボロクソに言われるさくらであったが、強い口調で彼女らを一喝するとそのまま結構過激な発言をしてみせた。
そのまま彼女は、この提案をした理由を出演者や配信を見守るリスナーたちへと解説していく。
『確かにASMR配信初心者と経験者という差はあるけど、それ以上に正妻の肩書は重くて強いでしょ? この状況下で私が羊坂さんに勝てたら、そりゃあご褒美の1つや2つくらい貰いたいと思って当然じゃない?』
『あの~……出来たら嫁とか正妻とかいう発言は控えていただけると助かるんですけど……? 主に、この後で俺に待ち受けるであろう炎上の火力が違ってくると思いますんで……』
枢的には、この提案は出来れば通ってほしくないものであった。
確かにクイズバラエティ番組なんかでは最終問題は逆転の大チャンスとなる場合があり、ここまでの流れを全部無視した莫大なポイントが手に入る内容だったりすることが多々あるが……問題は、その出場者だ。
もしも、仮に、万が一にも、ここでさくらのボイスで自身が興奮し、芽衣ではなく彼女を勝者としてしまったら……それは最悪の結果を呼び寄せることとなる。
正妻である芽衣を選ばず、同期である【CRE8】チームを敗北させた枢に対して、リスナーたちが狂気乱舞しながら火炎瓶を投げ込む姿が容易に想像出来た。
嫁以上にぽっと出の女を選んだ男だとか、同期たちよりも別グループのVtuberを勝たせた男だとか、浮気者だとか……そんなコメントと共に炎上する自身の姿を想像した枢がごくりと息を飲む。
だが、審査員である彼を放置して、話は着々と彼にとって悪い方向へと進んでいってしまった。
『別に……大丈夫、ですよ? こういう企画で、そういうお遊びとかはよくあることだと思います、し……』
『ほ、本当ですか!? 私たちが勝ったら1万ポイントってことでいいんですね!?』
『はい、大丈夫です……正妻として、この勝負は絶対に負けませんから』
強気な芽衣の発言に大いにどよめく出演者たちと歓喜に沸くリスナーたちをよそに、枢は一人頭を抱えていた。
芽衣が自信満々にああいった発言をしているわけではなく、彼女なりに配信を盛り上げようと頑張っていることが理解出来ているのだが、自分にとってそれはかなりよろしくない結果を招きかねないのである。
さりとて、女性恐怖症や元来の弱気な性格を必死に押し殺して一生懸命な彼女の頑張りを無駄にしたくないという想いも働いており、枢が自分の身の安全と芽衣の頑張りをはじめとしたその他諸々のどちらを優先させるかと聞かれれば、当然ながら後者であると言うほかない。
『審査員の蛇道さん! そういうわけなんですが、特別ルールを適用しても構いませんねっ!?』
『ええ、まあ、はい……選手の皆さんがそう決めたのであれば、俺としては口出しする理由はありませんし……』
本当は大いに口出ししたかった。止めてくれと言いたかった。
だが、盛り上がる配信の空気と、このノリを止めることへの恐怖と、芽衣の頑張りを無駄にしたくないという想いを優先した結果、枢は自分が燃えることを覚悟でこの危険な特別ルールの適用を許可することと、覚悟を決め、確認するさくらへとそう告げる。
大丈夫。どうせこの配信が終わったら多少では済まない炎上をかますのだから、今更燃料が1つ増えたところで大したことはないはずだ。
あとはもう2度とこんな企画には参加しないぞと固く決心した枢は、後は野となれ山となれの精神でどっしりと構えていたのだが――
『では、改めて最終戦のお題を発表するさ~! 1万ポイントが掛かった第4試合、そのテーマは……添い寝ボイスだよ~!』
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