第3試合先攻・冬雪つらら
『……枢、枢! しっかりするんだ! 眠ってはいけない! そのまま眠り続けてしまうぞ!』
つららの演技は、そんな必死の訴えから始まった。
これまでの出演者たちが披露してきたものとは180度違う深刻そうな状況に一同が困惑気味になる中、彼女は自身が用意したシチュエーションのままに演技を続けていく。
『元気を出せ! すぐに吹雪が止んで、救助も来る! 絶対に助かるんだ! 私を信じて、心を強く持て!』
どうやら、彼女が想定しているのは、雪山で遭難したシチュエーションのようだ。
雪景色……ではあるが、あまりロマンチックとはいえないその舞台設定は、聞く者たちの困惑を更に強める結果となる。
だがしかし、つららの演技自体は見事なものであり、その部分に引き込まれる者も少なからず存在しているようではあった。
『……いけない、体温が下がり続けている。このまま冷えてしまっては、枢の命が……やむを得ん!』
そうして、迫真の演技を続けるつららがなにかを覚悟したような言葉を口にする。
続いて、しゅるしゅるという布擦れの音をマイクへと響かせた彼女は、唇と『バイカムⅡ』との距離を思い切り近付けると、凛々しい声でこう言った。
『枢……このまま肌と肌とを触れ合わせて、体温を保とう。絶対に2人で生きて帰るんだ。希望を捨てるなよ、枢……!!』
なんとも……色んな意味で危険なシチュエーションを作り出したつららが、真剣な声で枢の耳に見立てた『バイカムⅡ』へと囁く。
裸の美女と密着という、羨ましいようなそうでもないような状況でのつららの囁きは、それで演技が終わることを告げていたようだ。
暫しの間、彼女が続きの台詞を口にするかどうかを見極めるべく時間を空けていたさくらとたらばであったが、そこからつららが何も言わないことを察知すると、咳払いの後に演技終了の号令を出す。
『はい、しゅ~りょ~っ!! つららちゃん、お疲れ様でした~!』
『ふふふっ! どうだったかな、私の演技は?』
たらばの労いの言葉に、自信満々の微笑みを浮かべながら応えるつらら。
そんな彼女に対して、同僚であるさくらが呆れ半分の声で答えを返す。
『まあ、うん……演技としては上手だったわよ? でも、うん、その……取り合えず、バイタル見てみましょうか?』
『ん? んんっ!? む、むむぅ……?』
さくらに促されるまま、枢の心拍数とストレス値をチェックしたつららは、そこに表示されている数字を目にして表情を一変させながら唸りを上げた。
画面上には、ほんのちょっとだけ上昇した心拍数と、下手をすれば本日最大を記録しているかもしれないストレス値が表示されており、それがなにを意味するかを理解している彼女が難しい表情を浮かべる中、苦笑気味のさくらが審査員へと話を振る。
『え~……本当に申し訳ないんですけど、ここで審査員である蛇道枢さんからの評価をお聞きしようと思います。なんでだろう? どうして私、同一人物に同期の不始末を今日だけで2回も謝ってるんだろう?』
『あ、はい。そんな気にしないでください。こんな感じで燃やされるのは、大分慣れてきてますんで……』
そんな風に、申し訳なさそうなさくらからの謝罪をやんわりと受け流した枢は、溜息を吐いた後に今のつららの演技についての感想を述べていった。
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