第1試合、結果発表


『ストーーップ! 終了! しゅ~りょ~~っ!! これ以上は危険ですって!!』


 たらば迫真の演技に飲み込まれつつあった空気の中、先のなぎさが大声を出した時以上の慌てっぷりを見せたさくらの大声が響いた。

 そこでたらばも演技を終了し、スタッフたちもマイクの状態を通常に戻したことで、ようやく場の雰囲気が戻り始めたようだ。


 リスナーたちが本格的に脳にゾワゾワとした心地良い感覚を与えてきたたらばの囁きの魅了効果から立ち直れずにいる中、連続して叫んだことで息が荒くなっているさくらが慌ただしい雰囲気で口を開く。


『な、なんというか、その……本当にASMR配信やるの初めてですか? 完全にリスナーたちがオチかかってましたけど?』


『いやいや~、頑張ってお芝居しただけだよ~! 褒めてもらえて嬉しいな~!』


『さ、差が、差が……オレとの差がデカすぎんだろ……!?』


『……忘れてた。こいつ、元気なだけじゃなくてセクシーもいける上に、枢と同じで大概のことを完璧以上の水準でこなす女だったわ……』


 元アイドルの経験というか、そこで磨いてきた演技技術の賜物というか、とにかくそれらを活かしての囁きをASMRでお届けしたたらばの恐ろしいまでの技術を目の当たりにした愛鈴が舌を巻きながら言う。

 枢の影に隠れがちだが、たらばもまた十分に才能あふれる人間であり……彼と違って、その才能の上にあらゆる努力をしてきたとんでもなく多才な人間であることを改めて理解させられた2期生たちが味方であるはずの彼女の演技に対して呻きを上げる中、それ以上の衝撃を味わったさくらが気を取り直して別室の枢へと声を掛ける。


『あ、あの、蛇道さん? 今の花咲さんの演技、どうでしたかね?』


『……ヤバかったっす、死ぬほど。ある意味、夏海さんの時以上に凄かったです』


『え~……こちらで計測してるバイタルなんですが、心拍数が跳ね上がってました。今、ストレス値が徐々に上がっているのは……?』


『……この後、炎上する羽目になるんだろうなって考え始めたからですかね』


『ああ、なるほど……』


 あのシチュエーションボイスの中で相手役として名前まで呼ばれてしまった枢には、この後で蟹民たちからの嫉妬の声が火炎瓶と共に投げ込まれる未来が決定していた。

 それを理解したさくらもまた、彼のことを不憫に思いながらも……それを以て余りある栄誉といい思いを出来たのではないかと、先のボイスを振り返りながら思う。


 甘さや心地良さはもちろんだが、それを凌駕する心の揺さぶりを声だけでなく自らが持つ全ての要素を使って生み出したたらばの技術は、ASMR配信をかなりの回数こなしている自分でも真似出来る代物ではない。

 これはもう、ASMRとはまた別のなにかなのではないか、と……自分の知るそれとは大きくかけ離れているたらばのASMRボイスへと一種の畏怖を込めた賞賛の気持ちを抱いたさくらは、大きく息を吐くと共に口を開いた。


『これはもう、勝負にすらなりません。第1試合、海での囁き対決は、【CRE8】チーム、花咲たらば選手の勝利です!!』


『うわ~い、やった~っ! まずは1勝さ~!!』


『本当に凄かったです、花咲さん! 流石は2期生のリーダー!!』


『審査員としての立場からしても文句なしでしたね。もう、本当に……ヤバかったっす』


【……はっ!? なんか気が付いたら時間が飛んでたんだが!?】

【破壊力A バストカップF とかいう最強のス〇ンドの力を見せつけられた気分】

【えっちなことするのか、くるるん!? 薄い本案件なのか!?】

【枢許すまじ。マジ許すまじ。たらばの体にサンオイル塗った上にえっちなことまで出来るなんて、うやらまけしからん……!!】

【凄い演技であったが、それが故に枢が燃える。でもそれでも十分お釣りがきそうだって思えるのがたらばの凄いところよな】


 ようやく破壊力抜群のASMRボイスを耳にした衝撃から立ち直ったリスナーたちも、この判定に納得しながら感嘆のコメントを寄せていた。

 中でも枢の心拍数の上昇を見逃さなかったリスナーたちはその気持ちを彼と共有しながらも、その上で許せないと判断して火炎瓶の準備を始めている。


 色んな意味で波乱の幕開けとなった第1試合。なぎさの失敗で淀んだ空気が一気に過熱し、冷めやらぬ興奮に包まれる中、配信の盛り上がりを目の当たりにしているさくらはこの熱を維持すべく、次の勝負の幕開けを宣言する。


『では、続いて第2試合のお題を発表します! テーマは……「秋の夜、2人で月見をしながらの囁き」です!!』



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