第1戦後攻・花咲たらば


『……え~、お待たせしました。『Contrast』の再接続が終わったとのことで、ASMRボイス対決、再開でございます! といっても、第1試合は我々【SEASON】チームの敗北は決定しているわけなんですけどもね』


 それから数分後、改めてスマートウォッチを装着した枢の準備が終わったことを確認した後で、配信が再開された。

 画面に表示されているなぎさの立ち絵には「私はバカです」と大きく書かれた看板が首からぶら下がっており、ギャグ風味とはいえしっかりとペナルティが与えられているようだ。


 こんな空気の中、あらゆる意味でやらかしたなぎさの尻拭いをする羽目になってしまったたらばであったが、彼女は意外なほどに能天気な様子を見せている。

 この雰囲気をリセットし、後に続くメンバーが活躍しやすい空気を作らなければならないというかなり重要な任務を背負っているはずなのだが、今のたらばはそうとは思えないくらいにリラックスしていた。


『あの、本当に申し訳ない……オレがやらかしたせいで、こんなぐだぐだな感じになっちゃって……』


『大丈夫、大丈夫! なんくるないさ~!』


 張り合っていた時の威勢の良さが嘘であるかのようにしょぼくれるなぎさに対して、からからと笑いながら琉球弁混じりの励ましの言葉を贈るたらば。

 放送事故前と後で一切変わらない態度を見せている彼女は、その雰囲気のまま、進行役を務めるさくらへと問いかける。


『リスナーのみんなも待ちくたびれちゃってるだろうし、そろそろ私もやっていいかな~?』


『こっちは大丈夫で~す。そちらの準備が出来てたら、始めちゃってください』


『あ、はいっ! では、続いて後攻【CRE8】チーム、花咲たらば選手の挑戦です! 海での囁き、お願いします!!』


 審査員である枢と、機材の操作を担当するスタッフの準備が完了したことを確認した後、さくらがたらばへとGOサインを出す。

 やや間が空いて、画面と音声が切り替わった配信を観る者たちの耳には、オーシャンドラムで演奏される波の音が響いていた。


 静かに、静かに……大写しになっているたらばの立ち絵と、その胸の谷間に視線を向けつつ、意識を聴覚へと集中させていくリスナーたち。

 心地良い波の音に心を委ねていた彼らは、その音が途切れると共に聞こえてきたたらばの声を耳にすると共に、心臓を高鳴らせる。


『……顔、真っ赤だね。もしかしてお姉さんの水着姿に悩殺されちゃった? ふふふっ……可愛いなぁ』


 普段の陽気な雰囲気とは真逆の、年上らしさを思い切り前面に出した色香のあるたらばの声を聞いたリスナーたちが、揃って息を飲む。

 声に込めている感情、間の取り方、息遣い……それら全てを見事に調和させる彼女の演技は、それを聞く者たちの脳裏に確かな映像を浮かび上がらせていた。


『ふ、ふふっ……! からかうのはここまでにしよっか。折角海に来てるんだから、すぐに遊びに行こう……って、言いたいところなんだけどさ。枢くんに1つ、お願いがあるんだよね……』


 ごそり、ごそりと何かを漁るような音と、しゅるりという布擦れの音が聞こえる。

 その物音を耳にした者たちが、自分の鞄の中からたらばが何かを取り出した場面を頭の中に思い浮かべたのと同じタイミングで、彼女が実に刺激的な一言を口にした。


『サンオイル、塗ってもらえるかな?』


 若干のからかいと、遊びと、その中にある本気と……そういった様々な感情を含ませた甘い呟きを耳元で発するたらば。

 片手でサンオイルの入った容器を揺らしながらこちらを試すような笑みを浮かべている彼女は、そのまま耳に息を吹きかけるようにして囁きを続ける。


『そんなに緊張しないでも大丈夫だよ。枢くんが変なこと考えなければ、何事もなく終わることさ~! ……ああ、でもね――』


 ぞわりと、脳が震える。たらばの第一声を聞いた瞬間から、意識が呼吸という行動を忘れてしまっている。

 自身が持つ表現力を総動員し、自分の声を聞く者たちの想像を支配しているたらばは、十分な溜めを作り、彼らの期待を限界まで高めてから……トドメとなる一言を今日1番の熱が籠った声で囁いてみせた。


『――もしも枢くんがえっちなことをしたいなら……しても、いいよ』

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