プリンと、家族




「どんなプリンを食べてた、だか……? わーは、モッチンプリンみんた普通のプリン食ってますたげど……?」


「私も一緒です。っていうか、その口振りだと変なプリンを食わされて、それがトラウマに……って感じじゃあなさそうですね」


「自分はマンマに甘やかされてきたんで、市販のセットで売られてるプリンを全部1人で食べてたっすね! 今ではお高いコンビニのプリンとか食べるようになったっすけど、あの頃は自分も穢れを知らない純粋な子供だったなぁ……」


「……加峰さん、その――」


「ああ、はいはい! わかってるっすよ! 関係ない自分語りとか止めてくれってことっすよね!? 申し訳ないっす、ただこういう重苦しい雰囲気の中にいると、どうしても口数が増えて余計なことを喋っちゃうように……」


「いえ、その……多分それです、


「へ……?」


 予想外の有栖の言葉に、訳がわからないといった表情を浮かべる梨子。

 自分でも理解していない内に答えを口にしてしまった彼女に説明を行うように、再び薫子が口を開く。


「子供がいる一般家庭で親が買うプリンっていうのは、コンビニとかで売ってる大きいサイズのものじゃなく、スーパーでよく見る3つ1セットのミニサイズプリンだろう? で、零の家族はあいつを含めて4人家族……ここまで言えば、わかったんじゃないか?」


「食べさせてもらえなかったんだ、零くんだけ……。ううん、もっとひどい。見せつけられてたんだね。自分以外の家族が、自分を放置して楽しそうにプリンを食べる姿を……」


 ……要するに、そういうことだ。

 3つ入りのプリンで、家族は4人。普通の家庭なら、両親のどちらかが我慢して、子供たち2人に食べさせることだろう。

 だが、零の家族は普通の家庭ではない。弟にだけ甘く、兄である零を放置することが当たり前という、歪な形をした家庭だ。


 冷蔵庫に入っている3つ入りのプリン。食後にそれを取り出した母親が、今日は特別にデザートを食べようなどと宣いながらそれを家族に手渡す。

 1つは自分に、1つは一家の長である父親に、残る1つは可愛い息子に。これで丁度、家族全員に1つずつプリンが行き渡ったことになる。


 全員が甘いデザートに舌鼓を打ちながら楽しそうに会話し、幸せを共有し、一家団欒を楽しみ……その輪に入れない零を、心の中で嘲笑う。

 その幸せな思い出を、楽しい会話を、零だけが共有出来ない。一家団欒の輪の中に、彼だけが入れてもらえない。

 だって零は、家族ではないから。弟と同じ日に生まれ、同じ親を持つ子供であるはずなのに、彼だけが家族という括りの中に含まれていないのだ。

 

 零にとってプリンは、見るだけで家族から無視されていた自分自身を思い返してしまう物であり、両親や弟から、お前は家族ではないという無言のアピールをするために利用され続けた気の毒な品であり……彼自身の心を抉る、トラウマの象徴だった。


 だから彼は……プリンが、大嫌いなのだ。


「零が中学生くらいの時かな? 馬鹿姉貴があいつを放置して家族旅行に出掛けたって話を聞いたから、私が零を連れ出してスイーツのバイキングに連れて行ったことがあったんだ。甘いものが好きだってことは知ってたし、実際にあいつも大喜びで美味い美味いって言いながら色んなデザートを食べてたけどさ……プリンだけは、絶対に食べようとしなかった。上手く言えないけど、零の心にはプリンに対する苦手意識がこびりついてるんだと思う」


「なんとなくですけど……わかります。たとえそれが小さな傷でも、何度も何度も繰り返し傷付けられたらいつかはとても大きくて深い傷跡になる……零くんは、10年以上もの間、自分の家族に傷付けられてきたんですね……」


「わーも、トラウマ抱えぢゃーごどありますはんで……1度思い出すと、嫌な思い出次々飛び出すてぎで、頭の中パニックになってまるんだよね。そった些細なごどで……って思わぃるがもすれねって思うど、だぃにも相談出来ねす……」


 同じく毒親に悩まされていた過去を持つ有栖と、訛りをコンプレックス兼トラウマとして抱えていたスイが零の苦しみに理解を示す。

 想像よりも重く苦しかった彼の過去を知った沙織と天も、言葉を失ってやり切れない表情を浮かべている。


 そして……残る1人もまた、他の4名に負けないくらいに零の過去に同情しながら、思いっきり自分のことを責めていた。


「あぁああぁあああぁっ!! やった! また自分やらかした! おもっくそ坊やの地雷踏んじゃった~~~っ!!」

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