叔母の、話



「なるほどね……そんなことがあったのか……」


「はい、だから薫子さんならなにか零くんの異変に心当たりがあるんじゃないかなと思って……」


 そして数分後、幸運なことに探していた人物である星野薫子を見つけ、時間を取ってもらった2期生+梨子たちは、彼女に昼食時に起きた出来事を話し、自分たちの知らない情報を聞き出そうとしていた。


 零の叔母であり、自分たちの中で誰よりも彼について詳しく知っている人物である彼女へと全員が視線を集中させる中、暫し考え込んでいた薫子がおもむろに口を開く。


「心当たりどころか、その答えを知ってるね。ただ、これはおいそれと話していいことじゃあない気がするからな……」


「それって、零くんはプリンになにかトラウマみたいなものを抱えてる……ってことでしょうか?」


 答えを知っているが、それを出し渋る薫子の反応から、この問題が自分たちが思っているよりも重く根が深いものであることを悟った有栖が更に質問を投げかける。

 薫子はその質問に黙って頷いた後、腕を組んで考えを巡らせていった。


「これは私の口から伝えていいか迷うことなんだが、零の性格を考えると絶対に話さない気がするし……なにより、最近自分の秘密主義が祟ってえらい騒動を引き起こしちまったってこともあるしなぁ……」


「そうっすよぉ! 黙っててもいいことなんてないんすし、ドバーッとゲロっちゃってくださいって! 薫子さん!」


「……こいつがいるから不安なんだよな。うっかり零の地雷を踏んだりしたら、とんでもないことになりそうだし……」


「うぐはっ!? じ、自分、息子にとっての不安要素として数えられてる? 愛情だけではカバー出来ないポンコツっぷりが滲み出ちゃってます?」


 深刻な雰囲気に相応しくないコミカルな動きで薫子に自白を迫ったり、彼女の言葉に傷付いてよろめいたりしている梨子だが、決してふざけているわけではない。

 彼女も彼女なりに本気で零のことを心配し、彼の異変の理由を知りたいと思っているようだ。


 そして、残りの4人も彼女と同じ気持ちであり、その想いを代表するようにして、有栖が薫子へと言う。


「薫子さん、その……私たちは今まで、零くんに助けられてきました。今もVtuberとして活動出来ているのも、前を向いて生きていられるのも、ほとんどは零くんのお陰だって、私はそう思っています。だから……もし、零くんがなにか理由があって苦しんでいるのなら、今度は私たちが助けてあげたいんです」


「私の傷のこととか、黙っててくれてる薫子さんには感謝してるよ~。でも、今は秘密を貫く時じゃあないと思うさ~。零くんのことを想うのなら、どうか私たちに話を聞かせてほしいさ~」


「阿久津さんは、わんつかやそっとのごどじゃ怒ねふとだど思います。もすかすたっきゃ薫子さんの知ってるごどはたげでったらだこどなのがもすれねばって……それが阿久津さんば想っての行動だどいうのなら、あのふともわがってくれるんでねだびょんか?」


「1人だけ弱みを見せないで格好つけようとか、そういう自己犠牲みたいな考え方をする間柄じゃないですよ、私たち。あいつに助けられたんなら、同じように助ける。それが出来なきゃ、同期でいる意味なんてないと思いません?」


「………」


 口々に、自分の想いを告げる有栖たちの言葉に、押し黙った薫子が腕を組むと小さく唸りを上げた。

 そんな彼女へと駄目押しをするように、深々と頭を下げた有栖が懇願の言葉を口にする。


「お願いします! 絶対に零くんを傷付けないと約束しますから! だから、どうか……」


「……わかったよ。あんたたちを信用して、私も腹を決めようじゃないか。話すよ、あいつが何を抱えているのかを」


 有栖たちの想いを汲み取った薫子は、深く息を吐いてから覚悟を固めてそう告げた。

 そして、5人の社員たちの視線を浴びながら、緊張感に満ちた重々しい空気の中で、零の異変の原因についての話を始める。


「先に言っておくと、あいつがプリンにトラウマを抱えてるっていうお前たちの考えは正しい。その原因は……あいつの家族にあるんだ」


「零くんの家族って、確か……」


「そう。血の繋がった私から見ても毒としか思えない、超絶クソ家族さ」


 汚い言葉を使った薫子だが、その発言からは笑いを取ろうだとかこの重苦しい空気をどうにかしようとしたような雰囲気は感じ取れない。

 彼女は心の底から、それ以外の言葉が見つからないが故に零の家族をそう表したのだと、薫子の話を聞いていた全員がそう感じ取った。


「前に聞きました。零くん、折角大学の推薦を勝ち取ったっていうのに、親御さんに勝手に辞退されて路頭に迷うことになったって……」


「そうだね。けど、あいつが受けた嫌がらせってのはそれが初めてじゃあない。あいつは物心ついた時から、両親と弟に居ないものとして扱われ続けたんだよ」


「い、居ないものって……ご飯とかを用意してもらえない、とかですか……?」


「もしかして零が家事出来るのって、そういう過去の背景が関係してるからなんですか?」


「2人とも、気持ちはわかるけど、今は質問を止めて薫子さんの話を聞こう。関係ないことまで掘り下げるのは、零くんが可哀想さ」


 零が家族からどういう扱いを受けていたのか、という部分を知りたがる天とスイを制した沙織が、薫子に話の続きを促す。

 感謝するように頭を下げた後、薫子は今回の問題の根幹となる部分について、話をしていった。


「今話した通り、零の家は両親と双子の弟にあいつ自身を合わせた4人家族だ。あいつは自分以外の3人からずっと除け者にされ、挙句の果てに家まで追い出されたわけだが……零が受けた嫌がらせに、プリンが大きく関わってるんだよ」


「う、う~ん……? いまいち話が見えてこないような……?」


 ここまでの話を聞いても未だに零のトラウマとプリンとの関係性が見えない梨子が、頭の上にハテナマークを浮かばせながらそう呟く。

 ふぅ、と話を区切って息を吐いた薫子は、顔を上げると話を聞く面々に向けてこんな質問を投げかけた。


「あんたたち、自分が子供の頃に食べたプリンがどんなものだったか、覚えてるかい?」


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