どう、寄り添うか?
「あ、あの、加峰さん、少し落ち着いた方が……」
「無理無理無理! む~りぃ~!! 完全に終わった! 超特大級の地雷を踏み抜いちゃったっす~!!」
床に寝転がってジタバタと暴れたり、ブリッジをしながら叫んでみたり、悪魔にでも憑りつかれたんじゃないかと思ってしまう行動を繰り返す梨子の様子を目にする2期生たちが言葉を失う。
薫子は、大きく溜息を吐いた後にそんな梨子に向けて大きな声で叫ぶようにして声を掛けた。
「落ち着きな。確かに零はショックを受けたかもしれないが、それでお前たちを恨んだり憎んだりするはずないだろう。偶発的な事故だと思ってるだろうし、むしろ自分のせいで楽しい食事会の空気を悪くしちまったって考えてるくらいだろうさ」
「あぁ……容易にその姿が想像出来るわ。っていうか、帰りの時点で後ろ姿が結構凹んで見えてたもんなぁ……」
「自分がイタリアンレストランなんかに誘わなければ~! 和食か中華のお店をセレクトしてれば~! こんなことにはならなかったのにぃ~っ!! うっ、うっうっ! 本当に自分は駄目駄目に駄目を掛けた究極の駄目ママっす……!!」
「そんなに自分を責めないでください。加峰さんがそんな風にしてたら、零くんも余計悲しむでしょうし……」
「でも、どうする? この話を聞いて、私たちはどうすべきだと思う?」
駄々っ子のように泣きじゃくる梨子を励まして落ち着かせた一同は、この問題に対してどう接するべきかという部分に関しての話し合いを始める。
毒家族という、零の過去にも関わる思っていたよりも根の深い問題に直面した彼女たちは、一様に難しい表情を浮かべて自分の意見を述べていった。
「無難なのは、聞かなかったことにして今後注意を払うってところじゃない? 昔、家族とこんなことがあったんだね~なんてずけずけと踏み込んでいったら、それこそ盛大に地雷を爆発させることになるわよ」
「でも、それじゃあ話を聞いた意味がないよ。それが大人な選択だってことはわかってるけど、零くんの雰囲気から見るに、このままにしておくと後を引いちゃいそうさ~」
「なにか……あるといいんですけどね。阿久津さんのトラウマを刺激せず、それを解消出来る方法が……」
「ないわよ、そんなもん。傷の治療をするのに、その傷に一切触れないだなんて不可能に決まってるじゃない。下手に触れば、零の傷を開いた上にその奥まで手を突っ込むことになるかもしれないのよ? それを覚悟してるわけ?」
どうにかしてやりたいという気持ちはあるが、それを零が望んでいるかどうかがわからない現状で不用意に彼のトラウマに触れることはしない方がいいと天が言う。
一見冷酷に聞こえるかもしれないが、彼女の答えもまた零を深く想っての意見であることを理解している一同が押し黙る中、口を開いたのはこの問題について1番真剣に向き合う有栖だった。
「私は……上手く言えないけど、このままにはしたくないです。これが零くんにとって大きな問題だってことも、下手をするとトラウマを刺激してしまうこともわかってます。でも……零くんはこれまで、私たちのそういう部分に寄り添ってくれました。こうして立場が逆になった今、私たちだけが見て見ぬふりをするっていうのは、やっぱり嫌……です」
たどたどしくも、自分の意見をはっきりと告げる有栖の瞳には、決意の光が灯っていた。
それを目にした天は、渋い表情を浮かべると共に改めてこう述べる。
「そりゃあ、私だってそうよ。でも、だからといってずけずけとあいつの心に踏み込んでも逆効果でしょう? それに、仮にこの問題を突破したとして、どうプリンに対するトラウマを克服させるわけ?」
零の心に踏み込むか否かという問題は、突破すべき障害の1つに過ぎない。
これを乗り越えたとしても、本題であるプリンに対するトラウマをどう払拭するか? という、本題と呼べる問題が残っているのだ。
そういった問題の解決方法も持たずに勢いのまま動くのはやめた方がいいと、そう意見を述べる天へと恐る恐る手を上げたのは、今の今まで泣きじゃくっていた梨子であった。
「あ、あの~……トラウマの克服方法だったら、もしかしたらっていうのがあるんすけど……」
「ほ、本当ですか!? それ、どういう方法なんです!?」
「あわわわわわ……!? そ、そんな期待しないでくださいね? 本当に笑っちゃうような方法なんすし、所詮は自分の考えるようなくっだらない作戦なんすから……」
そう前置きした上で梨子が語った作戦を聞いた2期生たちは、お互いに顔を見合わせて頷き合った。
そうした後、自信なさげに俯く梨子に向け、一同を代表して沙織が感想を告げる。
「いいですよ、それ! 凄く効果的だと思います!!」
「そ、そうっすかね? そう言ってもらえるのは嬉しいっすけど、そこに至るまでの過程はどうしようもないっていうか……ねえ?」
自分の作戦を認められたことを喜びつつも、そもそも大前提である零にどう話を切り出すかという問題をどうすればいいのかがわからない梨子が弱々しく呟く。
それに対して、スイがふんすと鼻息を噴き出しながら早口に自分の意見を述べていった。
「わー、思ったんだばって、こった時さ大事なのって、こっちから話すんじゃなぐって、向ごうの話聞ぐごどだど思うんだ。阿久津さんは、わんどに対すてそうすてぐれねですたが?」
「そう、だね……! 確かに零くんは、私たちの口から自分が抱えてる問題を話させて、それをきちんと聞いた上で受け止めてくれてた。有栖ちゃんが言った通り、踏み込むというよりも寄り添って待ってくれてたって感じが強いさ~」
「つまり、その……切っ掛けを作りさえすれば、零くんも私たちに本音を話してくれるんじゃないか? ってことですよね? なら、やっぱり今しかありませんよ! 時間が経てば経つほど、切っ掛けって作りにくくなると思います! 零くんに心を開かせるなら、このタイミングしかないです!」
「……確かにそうね。しっかり作戦を練れば、あいつが心の中に抱えてるものを吐き出す流れは十分に作れる。そして、トラウマを克服することだって出来るかもしれない。今しかそのタイミングがないっていうのなら、やってみる価値はあるといえるわ」
これまで零が自分たちにしてくれたように、彼の心の痛みに寄り添うことで彼自身の口からこの問題について話をしてもらおうと考えた一同は、そのタイミングは今しかないという流れで話を進めていた。
2つの問題を解決する方法を見出した彼女たちが真剣に話し合いを続ける中、沙織が有栖の顔を見つめながら真剣な表情を浮かべて、言う。
「有栖ちゃん、あのね……零くんが自分の痛みを話す相手がいるとしたら、それは有栖ちゃん以外にあり得ないと思うさ。だから、この作戦の成否は全部有栖ちゃんにかかってる。零くんが話をしてくれるよう、彼の心に寄り添ってあげて」
「……はい」
静かに、力強く、決意を固めた有栖が沙織へと頷きを見せる。
これまでずっと自分を助けてくれた零の心を、今度は自分が救ってみせるのだと……これまでの恩返しと、大切な友達を助けたいという想いで胸をいっぱいにする彼女は、仲間たちと共に零のトラウマを払拭するために必要な準備を始めるのであった。
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