パターン①羊坂芽衣の場合
『……あ、もしもし? 枢くん、聞こえてる?』
『はいはい、どうしたの? メッセでは俺に何かお願いがあるって言ってたけど』
【※事前にこの会話も配信で使うかもと言ってあります】という注意書きと共に、赤と白色で区別された2人の会話が視聴者たちの前で流される。
確かにその事前情報は間違ってないなと一同が笑う中、枢と通話している芽衣が、用件を彼に伝え始めた。
『あの、実はさ……今度、歌ってみた動画を出してみようかなって、そう思ってるん、だよね……』
『え? あっ、そうなの!?』
『うん。2期生みんなで歌って、獅子堂先輩にも色々と教えてもらえたし……活動の幅を広げるいい機会だと思って、チャレンジしてみようかなって』
『へぇ~! 芽衣ちゃんがねぇ……! いや、応援するよ! 色んなことにチャレンジするのはいいことだと思うしさ!』
強い自分になる、という彼女の夢の達成にも通ずるような新たな挑戦への決意表明を芽衣から聞いた枢は、そんな彼女のことを心の底から応援しているようだ。
その会話からでも2人の仲睦まじさが見て取れるが、今回の動画……もとい、企画配信の本題はここからなのである。
『それで、その、ね……こうして歌ってみた動画を出そうとは思ったんだけど、やっぱり私1人だと恥ずかしいし心細くってさ。だから、その……』
いじらしく、もじもじとした雰囲気で言葉を途切れさせる芽衣。
これも愛鈴指導の下で身に付けた演技ではあるのだが、普段の彼女らしいその反応にすっかり枢も騙されているようだ。
ややあって、意を決したように口を開いた芽衣が、恥ずかしそうにしながら枢へとこんなお願いの言葉を口にした。
『一緒に、歌ってくれない、かな……?』
『……俺が? デュエットってこと?』
『うん、まあ、そんな感じ……色々と悩んだんだけど、2人で歌うなら枢くんが1番かなって……そう、思ってさ。駄目、かな……?』
『いやいや! 駄目なんかじゃないよ! むしろ、光栄だって!!』
元来の気弱な性格に加え、女性恐怖症を患っている芽衣からすれば、いくら仲が良くなったとはいえ、打ち合わせや収録を含めた長い期間をたらばたちのうちの誰かと2人きりで過ごすというのはなかなかに難易度が高い行為だろう。
元々、同期の中で最初に彼女と仲良くなったのは自分だし、そういった部分を含めてもこの人選は納得だなと大して疑問に思わなかった枢は、なんの躊躇いもなく彼女からの申し出を受け入れてみせた。
『そういうことなら俺も協力するよ。お互いにほぼ初めての経験だけど、一緒に頑張って成功させよう!』
『ありがとう! やっぱり枢くんは優しいなぁ……!』
『このくらい当然だって。それで、どの曲を歌うとか、そういう案はあるの?』
『あ、うん。その、枢くんさえ良ければ、これにしようかな、って……』
『どれどれ? あ、あぁ……! こ、これかぁ。ふ、ふぅん……!?』
芽衣から提示された曲を確認して、なんとも言えない反応を見せる枢。
彼女が提案したのは、主に男女の歌い手やVtuberが2人で歌うことの多い、そこまでネットに詳しくない枢ですら聞いたことのあるアニメのエンディングテーマであった。
理系の男女が恋愛という公式では解析出来ないものをなんとかして証明しようとする……というような感じの歌詞のこの曲は、多くの人々からカップルが歌う曲として認知されているようだ。
それを、自分と芽衣が歌う……という事実にちょっとした緊張を抱いた枢であったが、そこは彼女の意思を通してあげたいという想いによって乗り越え、芽衣の提案を再び提案してみせる。
『OK! まあ、この曲なら俺も知ってるし、練習すれば歌えるようになるでしょ!』
『ほ、本当に大丈夫? また燃えちゃうかもよ?』
『う~ん……まあ、大丈夫だと思うよ。そういう声は俺がなにしても上がるだろうし、なら気にするだけ無駄かなって。それに、俺と芽衣ちゃんが一緒に歌ってみた動画を出したことを喜ぶファンもいるだろうしさ』
『そっか……そうだよね! それじゃあ、曲はこれにしようか。詳しい日程とかはこれから詰めていくから、また改めて連絡するね!』
『うん、わかったよ。それじゃあ、またね』
今回は意思確認となんの曲を歌うかを決めるだけというふわっとした話し合いで終わらせにかかった芽衣の言葉に、明るく返事をする枢。
これで通話を切ろうとした彼であったが……最後の最後に、彼女からの特大の爆弾が放り投げられてきた。
『……最近さ、リア様とか愛鈴さんに構ってばっかりで寂しかったからさ……こうして、一緒に何かが出来て、その、凄く、嬉しい、な……』
『えっ? あっ、そ、そう? あ、お、俺も嬉しいよ? う、うん!』
『ふふふっ……! 改めてよろしくね、枢くん。それじゃ、ばいばい』
なんともいじらしいというか、可愛らしくも男を翻弄するような台詞を発した芽衣が予想外の一言に慌てる枢を放置して通話を切る。
こうして、トップバッターとしての役目を見事に果たした彼女は、現在行われている配信にて改めて今回の企画の内容を解説し始めた。
『……はい。ご覧いただいた通り、この配信から少し前に私たち4人全員が、こんな感じで枢くんに歌ってみた動画を一緒に録ろう! っていう申し出をしました。今回は枢くんがその申し出を受けるか? 受けた上で誰を優先するのか? ということを検証する企画になっています!』
【なる! 好感度チェックということか!】
【これで芽衣ちゃん以外全員断ってたら超一途な男として推せる】
【ちょっと怖いような、面白いような……不思議な気分だ!!】
『……いや、これさ、完全に騙されたわ。なにかおかしいとは思ってたんだけど、全員が白を切るから偶然なのかなって……特に芽衣ちゃんが演技してるとは思わなかったわ……』
『ごめんね。でも、ちょっと楽しそうだなって思っちゃってさ……』
『最悪、あんたなら燃えてもネタになるでしょ! 私みたいな大炎上は起きないでしょうし』
『他人事だと思って、お前は気楽だな……! ってか待てよ? お前、あの通話も晒されるんだぞ? それでいいのか?』
『あれは純度100%の演技ですから~! 晒されてもまあ、痛くも痒くもないかな~!』
『……聞いたな? 全リスナー、この配信が終わったらこいつのチャンネルとSNS垢に火炎瓶投げ込んでくれ。頼んだぞ!』
『はいはいはい! いつも通りの仲良しな喧嘩はそこまでにして、次いこうか? 順番的には――』
『花咲さんですね。それじゃあ、2人の通話を流しま~す』
芽衣の企画説明、からの枢と愛鈴プロレス、からのたらばのツッコミ、からの次なる通話記録の提示という綺麗な流れを作りながら、配信が進んでいく。
たらばの促しを受けた芽衣は、自分の時と同じような編集を施した彼女と枢との会話の記録をリスナーたちへと披露すべく、映像ファイルを流し始めた。
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