パターン②花咲たらばの場合



『や~! 急にごめんね~! 病み上がりの子に時間取ってもらっちゃってさ~!』


『別にもうそんな気にするような状態じゃないっすよ。退院してかなり経ってますし。で、俺に何の用なんすかね?』


 先程と同じく、会話を文字起こししつつ、見やすい長さに編集した動画がリスナーたちへと披露される。

 陽気なたらばとその様子に苦笑する枢の顔が容易に想像出来る2人の会話を聞きながら、彼らはたらばの申し出に枢がどんな反応を見せるのかを楽しみに見守っていた。


『あんまり時間を取らせるのも悪いから、ちゃっちゃと済ませちゃおうか。枢くん、私と歌ってみた動画を出すつもりとかない?』


『えっ……!? う、歌ってみたっすか? 俺が、たら姉と、2人で?』


『うん! そう! 前々から歌ってみたい曲があったんだけど、それが男女で歌うやつでさ~! 枢くんに頼めないかな~? と思って!』


『は、はぁ……ちなみに、曲はどれっすか?』


『ん! これ!!』


 芽衣からの誘いを受けてからどれだけの時間が経ったのかはわからないが、立て続けに同期2人から同じ申し出を受けたことに枢は若干困惑しているようだ。

 しかし、2期生全員での歌ってみた動画を出した直後という、タイミングがあったことが、彼にそれが偶然であるという結論を出させるに至った。


 というわけでその申し出を受けるつもりでどの曲を歌うのかと質問した枢は、たらばからの返答を聞いてふむふむと唸る。

 彼女が選んだのは、今より10年ほど前に放送されていたヒーロー番組のオープニングテーマであり、Vtuberファンにも認知度が高い名曲だ。

 変にカップル感もないし、付かず離れずのいい感じの雰囲気である自分たちには丁度いいだろうと枢が考えたところに、たらばからの追い打ちの説得が響く。


『これはちょっとしたおまけみたいなものなんだけどさ~、この動画の制作を通じて枢くんに歌の手解きというか、ちょっとしたレッスン的なものもしてあげられると思うよ~! そうすれば、多少は枢くんの歌の技術の向上の手助けにはなるかな~、って!』


『ああ、そっすね……! たら姉なら確かに、そういうことにも詳しいか……!』


『やっさー! まあ、元々枢くんは筋がいいけど、基礎を固めるのも、技術に関しても身に付けてないからね~。おそらくは、ちょっと気を遣うだけで格段に歌は上手くなるし、今後の活動の役にも立つんじゃないかな~?』


 元アイドルであるたらばなら、ボイストレーニングや歌に関する技術はピカイチだろう。

 彼女から基礎を学び、技術を教えてもらって、その上で歌ってみた動画を作れば、その完成度は飛躍的に高まるはずだ。


 加えて、この動画制作を通じて得た技術を芽衣に教えることも出来るだろうし……という、自分が学びを得ることで連鎖する良いシナジーというものについて思いを馳せた枢がふむふむと悩む中、たらばは彼に同意を得るための質問を投げかける。


『で、どう? お姉さんと一緒に歌ってくれる?』


『構わないっすよ。俺にもメリットはありますし、楽しそうですしね』


『わ~い! ありがとう~! お礼として、お姉さんが手取り足取りマンツーマンで丁寧にレッスンしてあげるからね~!』


『いや、あの、その言い方だとまた炎上する気しかしないんだけど……? ってかこの通話、配信とかで使うとか言ってなかった? この部分だけは省いてよ!? ねえ! たら姉!? たらね――』


 という枢の必死の叫びを最後に、唐突にぶつりと会話が途切れる。


 承諾を得たタイミングでさっさと通話を切るという、マイペースなたらばらしいといえばそうな反応を見せた彼女は、こうして枢からの承諾を得ると共に彼の口から芽衣と同じような約束をしているという話を聞かずに話を切り上げるというミッションをこなしてみせたのであった。






【お姉さんと2人きりでのマンツーマンレッスン……! 危険な響き……!!】

【よし、久々に燃やすか!(2日ぶり数えるの面倒臭い回目)】

【エッチなことしたんですか!? くるるんがたらばお姉さんにあんなことやこんなことを教えてもらう薄い本はどこですか!?】


『ほら、こうなった! だからこの会話を流すの嫌だったんだ!』


『あはははは! でも別に本気で怒ってるわけじゃないし、じゃれ合いみたいなものだから大丈夫でしょ~! なんくるないさ~!』


『う~ん、鬼畜! ガード緩い分、飛んでくる攻撃が半端ない威力になってるわね、たらばって……』


 とまあ、そんな会話を垂れ流されたリスナーたちが枢の予想通りの反応を見せる中、配信内ではその会話について2期生たちが思い思いの感想を述べていた。


『羊坂さんに続いで、花咲さんからのお願いも引ぎ受げだんだね。わーがしゃべるごどじゃねばって、仕事の抱え過ぎで前みだいなごどになるのはまいねだよ?』


『あ~、はい。心配かけないようにします。でも、動画の収録ならある程度日程も調整出来るし、キツかったらちょっと融通を利かせてもらえる関係だから、大丈夫かなと思ったんだよな』


『まあまあまあ、そこは置いておいて……2人からの申し出を受けた以上、ここで重視されるのは? ってところよね。誰を先にするかが、文字通り優先順位に繋がるってことになると思うわ』


『まあ、でも愛鈴さんとリア様からのお願いも残ってますし、まずは枢くんが2人からのお願いをどうしたのかを発表するためにも、話を先に進めましょうか。順番的に、次は……リア様ですね!』


『はい! 初めでのドッキリの仕掛げ役、楽すんだ!』


『……この子、本当に無邪気に人を叩きのめすからなぁ……! ちょっと怖いわ……』


 笑顔で枢を騙した報告をするリアから、無邪気さ故の狂気を感じ取った枢がしみじみと呟く。

 そんな彼を放置して、芽衣は3本目の通話記録を流し始めた。

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