まあ、それはそれとして



 本気で焦った様子の枢の声が轟き、その声量に愛鈴だけでなくたらばもリアも驚きを露わにする。

 自分にかけられた嫌疑を晴らす時よりも必死になっている彼は、そのまましどろもどろながらも芽衣の誤解を解くべく懸命に言葉を紡いでいった。


『あの、こう、怒られるかもしれないんだけどさ。さっきも言った通り感情のベクトルも違うし、一概にどっちが上とかは決められないんだけど……俺にとって芽衣ちゃんが2番ってことは、あり得ないです。はい』


 結構どころかかなり大胆な告白じみた発言をする枢に対して、同期やリスナーたちが更に驚きを強めて彼を見やる。

 画面越しの視線に感付いているのか、はたまた自分が相当に危ない発言をしていることに自覚があるのか、あるいはその両方かはわからないが、焦りの感情を強めた枢もまた更に言葉を重ねて弁明を続けていった。


『いや! 恋人とか女の子としての1番とかじゃあないよ!? ほら、芽衣ちゃんは俺と仲良くしてくれた初めての同期だし、今日の躍進に大きく関わってくれているわけだし……! その、他にも色々とね? お世話になってたり、助けてもらったりしてる部分があるわけでさ。そういうのもひっくるめると、なんて言うのかな、その……』


 呻くように枢が言葉を紡いでいく間、配信の時は止まっていた。

 あれだけ激しかったコメントの流れも、やいのやいのと騒いでいた同期たちも、全員が黙って枢のことを見守る中、彼は深く息を吐き出しながらこう述べる。


『……好きとか愛してるじゃあないけど、って意味でいうなら、芽衣ちゃんが1番、だと、思います……はい……』


『そっか……うん、その……ありがとね、枢くん』


 先程とよく似ているが、込められた感情は真逆な芽衣の言葉。

 気恥ずかしさと嬉しさが同居したその声を耳にした者たちはようやく止まっていた時を動き出させ、胸に響く衝動のままにコメントを送り始める。


【はい、結婚。末永く幸せに暮らせ】

【枢の芽衣ちゃんへの好感度はおっぱいの大小程度で変わることなんてないぜ!】

【芽衣ちゃんに自分が2番目の女だって思われたくなくて必死になる枢……いいもの見せてもらいました¥10000 ニヤニヤニーヤさん、から】

【式場が来い。神父も来い。代金は俺が出す¥10000 くるめい過激派さん、から】

【実質プロポーズだからもう結婚してることでいいよな?¥10000 ばろんどろんさん、から】

【負けないとは思ってたけど勝てないと理解させられた。芽衣ちゃん、枢のことを頼んだぞ……!¥30000 Pマンさん、から】


『あの、ちょっ! す、スパチャ! スパチャの額がヤバい!! ちょ、リスナー全員、落ち着いて!!』


【尊い(遺言)¥10000 なかとみのかまあしさん、から】

【¥30000 いのりちゃんねる(SunRise公式)さん、から】

【¥10000 くるるんと芽衣ちゃんの結婚式代を出したいさん、から】

【¥30000 いのりちゃんねる(SunRise公式)さん、から】


『待って! 本気でエグい! 額がエグ過ぎて洒落にならな……ねえ、なんか凄い人いない!?』


 こんな危険な発言を聞いたリスナーたちって、普通はぶち切れるもんなんじゃないのか?

 それがどうしてこんなスパチャ合戦になっているんだと驚きっぱなしになっている愛鈴は、どうにかしてこの場を治めてもらおうと裁判長へと声を掛けようとしたのだが――


『いや~、お姉さん感激しちゃったな~! やっぱり2人は最高だよ~!』


『い話だ。ほんにい話だ~!』


 ――残念ながら、彼女たちも役に立たない状態だった。

 見たいものが見れたとばかりに頷き、満面の笑みを浮かべているたらばと、どうしてだか感激の涙を流しているリアの反応に頭を抱えた愛鈴は、状況の打破のために大声を出して同期やリスナーたちへと叫びかける。


『静粛に! 静粛に~! あんたら、戻ってきなさい!』


【あ、愛鈴、まだ居たんだ?】

【この配信、もう終わりでいいんじゃないかな……?】

【取り合えずくるるんの刑は芽衣ちゃんに終身刑で浮気を償うってことにしない?】


『ふざけんな! 安易なてぇてぇに流されるんじゃない!! ほら、本来の企画に戻るぞ!!』


『え~……でも、お姉さん的には、もう無罪でもいいんじゃないかな~って思うんだけど、愛鈴ちゃんはどう?』


『わーも、嘘吐いで蛇道さんば陥れるのが心へずなぐなってぎだす……』


『あんたらもしっかりしなさい! 明日からの配信の流れもあるんだから、こんな中途半端な雰囲気で終われるわけないでしょうがっ!!』


 7日間の2期生ウィークの流れを決める大事な初日の配信をこんな予定外の形で終わらせて堪るかと、そう叫ぶ愛鈴の言葉にようやく気を取り直した一同が数拍の間の後に改めて裁判企画へと意識を集中させていく。

 咳払いをして、改めて裁判長としての役割を果たすべくRPを再開したたらばは、配信の大詰めである判決を目前とした状態で、愛鈴と枢へと声をかけた。


『えへんっ! ……では、検察から、最後の弁論をお願いします』


『はい! ……予想外の展開もありましたが、てぇてぇで誤魔化されないでください! この男は2人の女性を騙し、弄んだ極悪人ですよ! その罪に罰を与えることは必要です! きっちりと! もうきっちりと私たちの求める刑を執行しましょう!!』


【冤罪だが、まあ予定調和で有罪になることは決まってるしなぁ……】

【むしろこの空気で芽衣ちゃんが枢に何を要求するのかが気になる】

【てぇてぇに洗脳されるところだったが、俺はお前の浮気を許していないぞ! 枢!!】


 最後の弁論となるたらばからの質問に答え、リスナーたちの反応を確認した愛鈴は、どうにか軌道修正が完了したことにほっと胸を撫で下ろした。

 これでなんとか枢を有罪とし、明日から続く2期生ウィークの茶番の流れを作ることが出来る。(ついでに、ちょっとしたストレス発散が可能なおまけもついてくる)


 一時はどうなることかと思ったが、これでもう大丈夫……と彼女が安心する中、たらばが被告人である枢へと同じ質問を投げかけた。


『では続いて、被告人。最後に何か言いたいことはありますか?』


『……う~ん、その、そうっすねぇ……まあ、ないこともないんですけど……』


 妙に歯切れの悪い雰囲気の枢の反応を見ながら、それでも自分の優位は揺るがないと確信する愛鈴。

 もう流れとしてはここで彼に有罪判決が下り、自分たちの言うことを何でも聞く刑罰×3が下されるに決まっているのだと、そう絶対の自信を持っている彼女であったが、とても大事なことを忘れていた。


 今回の被告人は蛇道枢。今現在もそうだが、多方面から炎を投げ入れられて度重なる炎上を経験してきた男。

 そして、この裁判の行方を決める裁判長の役職に就いているのは、そんな彼を最も燃やしてきた女性こと花咲たらばだ。


 彼女が枢を燃やした回数は1回や2回で済む話ではなく、彼が燃える度にたらばはとある約束を彼と交わしてきた。

 その約束をすっかり忘れていた一同であったが、この土壇場で自分には最強の切り札があることを思い出した枢が最後の最後でそれを勝負の場へと叩き付けてみせる。


『ダメ元で聞くんすけど……裁判長、俺の言うことを何でも聞いてくれる権利、ここで使ってもいいっすか?』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る