大か、小か
再び、盛大に噴き出した枢が若干咳き込みながら乱れた呼吸を整える。
ニコニコのたらばはそんな彼の反応を楽し気に見つめており、完全に無邪気な姿を見せながらこう続けた。
『いや~、枢くんがはっきりしないから、こっちでどっちが本命なんだか探ろうと思ってね~! 芽衣ちゃんもリアちゃ……Aさんも後輩っぽい妹系の女の子じゃない? なら、最大の違いはそこにあるんじゃないかな~って、そう思うんだよね~!』
『なるほど、流石は裁判長! これで被告人の性癖……じゃなくて、どちらを本命としていたのかが丸わかりですな!!』
……もしも神がいるとするのなら、自分にこの2人を引っ叩くことを許してほしいと、枢は思った。
無邪気に、無自覚に自分を追い詰めるたらばと、そのノリに乗っかって全力で殴りかかってくる愛鈴のコンビネーションに口の端をひくつかせる彼は、必死に深呼吸を行って自分自身を落ち着かせようとした。
だがしかし、考える間も与えないとばかりに問いかけを連発で発するたらばによって、段々と枢の心は追い詰められてしまう。
『さあさあ! 正直に言わないと有罪判決出しちゃうよ~! こっそり言ってみ? お姉さん、誰にも言わないからさ~!』
『そうそう! 裁判長は誰にも言わないよ! その時点でリスナーたち全員にバレるから、言う必要がないもんね!』
少なくともこの配信が終わった後、愛鈴はただじゃ済ませないと固く心に誓う枢であったが、状況は最悪だ。
ここでどう答えようとも、炎上は絶対に避けられないわけではあるが……その上で、掻きたくもない恥をおっ被ることだけは避けたい。
だが、この質問をはぐらかす方法を何一つとして思い付けないでいる彼は、ぐぬぬと暫し唸った後、諦めたように項垂れながら小さな声でこう答えた。
『……いや、別にあの、そういう好みみたいなのは特にはないんですけどね? でも、敢えて答えるとしたら……大きい方が好みです』
ここで答えを濁して、勝手に妄想を繰り広げられた末にマズい性癖があると認定されても困る。
正直に答えることこそが、この場で味わう羞恥を最も軽減出来る方法であると判断した枢がたらばからの質問に答えを返してみせれば、同期やリスナーたちが思い思いの反応を見せ始めた。
『ふ~ん、へ~……そっか、そうなんだね……うん、知ってた』
『死ね! 女の敵!! 巨乳フェチの蛇めっ!!』
芽衣はどこか冷たい眼差しを自分に向けながら悲しんでいるように見えるし、愛鈴は包み隠さずに枢への憎しみを叫んでいる。
持たざる者である彼女らが枢への好感度を低下させる中、正直に大きい方が好きだと答えた彼へと好意的な反応を見せる者たちもいた。
『じゃ、蛇道さん! わーは別さ変なごどはしゃべってねど思いますよ! 男のふとは、大ぎぇおっぱいに憧れるってばっちゃもしゃべってますたす!』
【枢は巨乳派、把握】
【ちょっと大胸筋鍛えてくるわ】
【それは巨乳というより雄っぱいなのでは……?】
持っている者であるリアと、同じ男性が大半を占めるリスナーたちは枢のことを慰めているが、それが大した意味を持つことはない。
覚悟はしていたが、想像以上の恥辱と屈辱に拳を震わせている彼が歯を食いしばる中、その元凶であるたらばが呑気な声でこう述べた。
『なるほど! 正直に答えられて偉いね~! ここはお姉さん的には加点ポイントかな? あ~……でも、枢くんが大きいおっぱいが好きだってことになると、本命はリアちゃ、じゃなくってAさんってことになっちゃうね~! ここは相当な減点要素だよ~!』
『!?!?!?』
余計な一言というか、出来たら言語化しないでほしかったその部分を思いっきり言葉とされた枢は、今までとは別の意味で心臓の鼓動を速めていた。
これはちょっと本気の炎上をしてしまうかもしれないと恐怖した彼が身震いする中、絶妙なタイミングで芽衣が口を開く。
『……大丈夫だよ、枢くん。私、わかってたから……! やっぱり、私よりもリア様の方が大切なんだよね? 私みたいなちんちくりんなんて、2番目がお似合いだもんね……』
……改めて言っておくが、これは全編がネタで構築された企画配信であり、出演者の大半が演技をして、配信を盛り上げているに過ぎない。
の、だが……どうにも、この芽衣の演技は迫真が過ぎるというか、あまりにも似合い過ぎた。
薄幸の美少女というポジションがしっくりきてしまう彼女が自虐的に彼氏の浮気を容認するような台詞を口にする姿は、洒落になっていないくらいに雰囲気が出てしまっているのだ。
正直、こんなに迫真の演技が見れるとは思わなかった……というより、これは本当に演技なのだろうか? と芽衣の言動を目の当たりにした愛鈴が思う。
これが全部演技だとしたら、「芽衣、恐ろしい子……!」と、真っ白になりながら言うしかないというネタ的な思考を浮かべつつ、このままでは枢が割と洒落にならない炎上に巻き込まれてしまうと心配した彼女が、流石にフォローに入ろうとしたその時だった。
『い、異議あり! それは本気で異議ありっ!!』
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