遠くて長い、回り道の先に


『声、聞こえてる? みんな、準備は大丈夫かな~?』


 ……様々な炎上が起きて、そこからまた時間が経った、8月の中頃の話。

 ゴールデンタイムの時間帯にPCの前に座った零は、通話チャンネルに接続すると共に聞こえてきた快活な声に小さく笑みを浮かべる。


 チャンネルに参加しているアカウントの数と名前を確認した彼が自分が1番最後の参加者であることに気が付くと共に、最初の声とはまた別の人物たちの声が聞こえてきた。


『あ、零くんも参加しましたね。これで全員集合です!』


『準備はどうだが? わーは問題なさそうです』


『こっちも大丈夫そう。それじゃ、ワレクラのサーバーにログインしましょっか』 


 わいわいと騒ぐ仲間たちの声を聞きながら、PCゲームである【ワレワレクラフト】を起動する零。

 ややあって、【CRE8】が運営するサーバーに接続してゲームの世界に降り立った彼は、それぞれの情報を頼りに合流目指して動き始める。


『おいっす~。俺もログインしましたよ~。どこ集合にします?』


『取り合えず2期生ハウス(建設予定地)集合でいいよ~! アイテムとかもそこで作る感じでさ~』


『おぉ……! 四角ぇわーがゲームの中で動いぢゅ……! 凄い……!!』


『あ、スイちゃんはワレクラ初プレイだっけ? 集合場所の座標とかわかる?』


『誰か迎えに行ってあげたほうがいいんじゃない? 初期リスポーン位置に近い人、いる?』


 そうやって会話をしながら、助け合いながら、数か月前に沙織たちが配信で選択した2期生ハウスの建設予定地に向かって5人は歩いていく。

 大したトラブルもなく、順調に目的地に到達した零は、そこで待っていた仲間たちのアバターの姿を目にして、微笑みながら呟いた。


「ま~た俺が最後か。お待たせして申し訳ないっすね」


『そうだよ~! 女の子を待たせるなんて、お姉さんあんまり感心しないな~!』


「ははは、すんません。でもま、大目に見てくださいよ」


 普段通りに自分をからかう沙織へと慣れた雰囲気で反応を返しながら、改めて仲間たちの下へと歩み寄る零。

 主観視点であったゲームの画面を自分のキャラクターを背後から見る三人称視点へと切り替えた彼は、そこに立つ5人分のアバターの姿を見つめながら感慨深さを滲ませながら言った。


「ようやく……揃ったっすね。2期生全員が」


『そうですね。ほんにようやぐって感ずですね』


『色々と迷惑かけた……っていうか、現在進行形でかけ続けてる私が言うのもなんだけどさ、やっぱこういうのってエモさがあるっていうか、なんていうか……』


『本当に、遠くて長い回り道を進んだもんだね。当初の予定から数か月遅れって、やっぱ待たせ過ぎだよ~!』


 比較的おおらかな沙織ですらそう言ってしまう状況に苦笑を浮かべつつ、これまでの長い道のりを振り返る2期生たち。

 特に零は、炎上に炎上を重ねたこの数か月の出来事を振り返り、心労を味わい続けた日々に思いを馳せていく。


 デビュー直後に嫉妬に駆られた者たちから引退を望まれ、デマを拡散されて起きた炎上。

 Vtuber界隈だけでなく現実世界のアイドルやそのファンたちすらも巻き込んで起きた、前世というVtuberならではの問題が絡んだ炎上。

 そして同期という最も近しい存在たちと出会い、それぞれのすれ違いによって起きてしまった事務所を含めての炎上と、本当に数か月で経験したのかと思えるくらいに濃い出来事が並んでいる。


 本当に、本当に……長く、遠く、過酷な道のりだった。

 沙織が言った通り、これはとんでもない遠回りで、きっと他のVtuberたちはここまで大変な道を進んではいないのだろう。


 だが、その遠回りは無駄な道のりではなかった。

 遠くて過酷で大変な長い道の途中で、零はかけがえのないものを手にすることが出来たのだ。


 胸を熱くする熱い夢の炎。前へ前へと進む自分を応援してくれる沢山のファン。そして、家族とまで思える大切な仲間たち。

 それら全てをひっくるめて得た、自分自身の居場所に立った彼は、ゲームの中で広がる満天の星空を見上げながら深く溜息を吐いた。


『おっ、なんだぁ? まだ配信も始まってないのに溜息か~? やる気あるのか、蛇道枢~!?』


「おぉ? なんか偉そうな奴がいるな? お前、後で覚えとけよ? こっちは装備が充実してっから、そっちが逆立ちしても勝てねえんだからな」


『阿久津さんと秤屋さん、仲良すさんだね。遠慮すねでしゃべりでこどしゃべれる相手がいで、楽すそうだ』


『零くん、私たちには遠慮しちゃうからね。秤屋さんがいると、ああいうムーブが出来ていいね』


『うんうん! 仲良きことは美しきことかな! ってやつさ~! さ、最終チェックを終わらせちゃおう!』


 配信開始予定時刻が迫る中、同期たちを纏める沙織の声に応えてそれぞれが最後の確認を行う。

 マイクも映像も問題ないことを確認した仲間たちは、口々にOKの返事を口にした。


『私は問題なさそうです。いつでも大丈夫ですよ』


『同じく、問題なし! 飲み物とかトイレとか必要あったら、今の内に行っておいた方がいいかもね』


『あ、わーちょっと水取ってきます。配信の準備はバッチリです!』


『言い出しっぺの私がちょっと手間取っちゃってるくらいかな~! でも……うん、これでOKだよ~!』


「よし! 全員準備完了っすね! それじゃあ――」


 仲間たちと同じく、自分もまた配信の準備が完了していることを確認した零が口を開く。

 21時まであと数分といった現在時刻をチェックした彼は、スイが飲み物を取って戻るのを待ってから、同期たちへと言った。


「始めますか、配信!!」


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