そして、しゃぼんの配信


『もうダメだ、お終いだぁ……!! 自分はここで死ぬんだぁ……!!』


 一方その頃、珍しく配信を行っていた柳生しゃぼんこと梨子は、リスナーたちの前で堂々と泣き言を口にしていた。

 話の内容は獅子堂マコトと同じく【CRE8】の変わりつつある体制に関することなのだが、どうにもこちらはギャグ的な空気が拭えないようだ。


 真面目な話題なはずなのに、どうしてだか毎回笑える雰囲気になってしまう。

 武器でもあり、弱点でもあるその要素をふんだんに盛り込んだ配信を続ける梨子は、続けてリスナーたちへとこう言った。


『これからマネさんがつくようになって、スケジュールをきっちり管理されるぅ~……! 提出物の締め切りから逃げられなくなるぅぅ……!! これまで薫子さんになんだかんだで甘やかしてもらってたのに、それが出来なくなっちゃうっすよぉ~……!』


【残当。それが社会人としてのあるべき姿】

【#甘えるなしゃぼん】

【これまで薫子さんのことを鬼だの悪魔だの言ってたのに手の平ドリルで草】


『終わった、終わった……! これから提出物の締め切りが近くなる度にマネージャーさんから「柳生さん、そろそろ提出期限ですけど大丈夫ですか?」って確認の連絡が来るんだぁ……! 真綿で首を絞めるようにじわじわと追い込まれるようになるんだぁ……! 死ぬぅぅぅ……』


 だば~、という擬音が聞こえてくるような涙を流し、号泣する梨子。

 PCを載せている机に突っ伏し、えぐえぐと泣きじゃくっていた彼女だが、不意に顔を上げるとポツリとこんなことを呟く。


『……でも、しょうがないんすよね。説明会の時にも思ったんすけど、2期生の子たちが入ってきて、【CRE8】は大きくなった。これから活動の幅も広がっていくだろうし、3期生4期生とタレントが増えていったら、どんどん規模も大きくなる。もうこれまでのような形ではいられないってことが、今回の事件で証明されちゃったんすから』


【うわぁ! 急に真面目になるな!!】

【#なにか悪いものでも食べたのかしゃぼん?】

【お前誰だ? 俺たちの知ってるしゃぼんはもっとダメな悪魔だぞ!?】


『いや~、今回はちょっと真面目にならざるを得ないかなって。今の【CRE8】の形を作っちゃったのは、自分ら1期生のやり方が自由過ぎたのがデカいと思うんすよ。締め切りブッチしまくる絵師とか、配信中に酒飲んで酔い潰れるNo.3とか、27時間耐久ゲーム配信をノリで予告なくやっちゃうゲーマーとか、良くも悪くも事務所がノータッチでタレントの自由にやらせてくれてたところが大きかったからこそ、規模に反して注目を集めたり、人気を得るようになったと思うんすよね』


【しっかり自分を無法者の枠に入れてて草】

【こう聞くとCRE8って本当にフリーダムだな。そういうところが好きだったけど、確かにもうそうも言ってられない時期になってきたんだろうさ】

【各人の夢を軽く手助けしつつ、干渉を少なめにしようとした結果がこれだからね。くるるんのこともあるし、しゃぼんも責任感じてるのか】


『そうっすね……思い返してみれば、自分も新衣装配信の頃から枢坊やには迷惑かけまくってるわけで、少なからずあの子の負担になってた部分はあるんすよ。薫子さんも凄く反省してて、説明会の時には丁寧に今後のこととかを話してくれてたんすけど、自分ら1期生にも多少なりとも責任はあったのかなって、そう思ってるっす』


 あまり型に嵌めず、自由な活動を許してくれていた事務所に感謝をしつつ、そういった雰囲気が今回の問題を引き起こしてしまったと述べる梨子。

 その自由さの恩恵を享受してきた彼女だが、事務所が体制の改革に乗り出したことを当然のことと肯定した後で、更にこう続けた。


『……自分は1期生の先輩で、同期や後輩たちの生みの親ママっすからね。同じ絵師で、事務所の責任者である薫子さんと同じく、みんなの模範となるべき人間として振る舞わなくちゃダメなんすよ。息子がぶっ倒れたのに何も変わらないだなんて、ママ失格じゃないっすか』


【そうだな。1期生の大先輩たちがしっかりとお手本になって、事務所の改革に手を貸したり物申したりしなくちゃな】

【#偉いぞしゃぼん】

【我が子のために頑張れよ! 応援してるぞ!!】


 後輩のため、そして我が子のために自分もまた変わると宣言した梨子へと、リスナーたちからの温かい声援が飛ぶ。

 同期である1期生よりも少しだけ責任が重い立場にいる彼女の決意を汲み取った彼らが梨子の決意を応援する中、からかい半分のコメントが送られてきた。


【じゃあつまり、今後はもう長期間配信を休んだり、締め切りを破ったり、くるるんを燃やしたりしないってことだな?】


『え? そ、それは……む、む~りぃ~~っ!! ママ頑張るよ? 頑張るけどさ、やっぱりすぐになんでもかんでも出来るようになるわけじゃないじゃないっすか!? だからまだちょっとだけ甘やかして……具体的には、締め切りを2週間ぐらい延長させちゃっても許して、許して……』


【おいふざけんな。感動を返せ】

【悲報・しゃぼん、しゃぼん】

【あっ! ようやく俺たちの知ってるしゃぼんが帰ってきた! やっぱこのダメダメ悪魔がしゃぼんだよな~!】

【テンションの上下が急過ぎない? ジェットコースターかよ?】


『ぎゃおおおんっ! なんでみんなそんなこと言うんすか!? 説明会の時に同じような反応したら、マコっちゃんから「しゃぼん姉さんってやっぱりロックっすね」って笑われたんすけど!? 人間も悪魔もそんなに急には強くなれないんすよ! そんな急に改革出来たらなぁ、誰も苦労してないんすからね!!』


 ……やはり、彼女の配信はどうやってもコミカルな空気になってしまうようだ。

 これまでの真面目な話を否定するような、それでいてある意味では肯定もしているような……そんな異質過ぎる内容の叫びを上げた彼女のことを、契約者たちが楽しそうに見守りながらコメントを送っている。


【まあでも、しゃぼんがこの配信と同じようなことを1期生の前で話したとしたら、その想いは伝わってるだろ。ならまあ、大丈夫じゃねえの?】

【すぐになにもかもがきっちりかっちりするようになって、CRE8のらしさがなくなっても良くないしな。探り探りで前に進んで行けばいいんじゃね】

【取り合えず次の締め切りには間に合わせろよ、しゃぼん】


『次の締め切り? もう間近なんすけど……でもこのメンタルで仕事なんて出来ないっす。誰かに甘い仮初の優しい言葉をかけてもらって、傷付いた自分の心を癒してほちい……』


【#甘えるなしゃぼん】

【#甘えるんじゃねえしゃぼん】

【#働けしゃぼん】


『ぎゃおおおおんっ! もうダメだ、お終いだぁ……! 死ぬんだ、死ぬんだぁ……!!』


 そんなこんなで最初と似たような言葉を繰り返すようになった梨子が再び机に突っ伏して嘆き悲しむ。

 メンタルの弱さを全開にする彼女だが、この配信を視聴しているリスナーたちの意思としては、この話を聞けてよかったということで一致しているようだ。


 柳生しゃぼんは今後、事務所と共に変わっていけるのか?

 炎上もしてないはずなのに何故だか注目を集める羽目になった彼女は、図らずともファンたちのピリついている空気を和らげることに一役買ったそうな。


 そんな功績を称える一部のファンたちから「流石は枢の母親だ」と賞賛されていることなど露も知らず、梨子はえぐえぐと今日も自由にダメ人間っぷりを露呈し続けるのであった。

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