虫がいいとは、わかってるけど



『……わかんないな。わかんないんだよなぁ……。自分のことなのに、こういう時になんて言えばいいのかがわからないよ……』


 沙織の言葉に声を絞り出すようにして答える天。

 PCの前で頭を抱え、有栖の言葉とはまた別の意味合いで深くまで突き刺さった零からのメッセージに対しての反応を見せる彼女は、嗚咽交じりの声で言葉を紡いでいく。


『さっきも言った通りさ、私には足りないものばっかりで、それを持ってるみんなが羨ましくってさ……! でもちょっと、リアちゃんの存在に安心してたんだよ。上に行った3人と違って、まだこの子がいるって。この子は私と同類だって、そう思うことで自分を保ってた。弱い自分を誤魔化す言葉を裏垢で吐き出すことで心が壊れないようにしてた。だけどさ……やっぱ、思ってたんだよ。私、何してるんだろうって……』


『……うん、それで?』


 たどたどしくも自分なりの言葉で自身の感情を言葉にし始めた天を促し、その想いを引き出そうとする沙織。

 そんな彼女の助けを受けながら、天はゆっくりながらも心の奥底にある感情を吐露していく。


『隣にいるリアちゃんを見て安心する度、SNSで愚痴吐く度にさ、自分の心が淀んでいくことはわかってたの。でも、どうしてもやめられなかった。そうしないと心の均衡が保てなくなるくらいにまでおかしくなってた。だけど……そこまで自分を追い込んだのは、他の誰でもない私自身なんだよね? みんなの言う通り、腐ってないでスタッフさんや同期のみんなの手を借りればよかった。自分だけでどうにかしようって考えてた時点で、私の心の天秤の支柱は折れてたんだって、今ならそう思える』


 これまで天は、思うままにならない現実の辛さを忘れるために酒に溺れ、裏垢で愚痴を吐き、どうにかして心の平穏を保とうとしていた。

 だが、その時点で既に問題の根幹部分……つまりはその天秤の軸となる部分が壊れていたことに、彼女は気が付いていなかったのである。


 壊れた天秤を用いて心の均衡を保とうとしても、それは無意味な行動に他ならない。

 問題はもっと手前の単純な部分に存在していたということに、遅まきながらもようやく天は気が付くことが出来た。


『それで、愛鈴ちゃんはどうしたいの? さっき途中で遮っちゃったけど、これは芽衣ちゃんのこれからどう変わっていくつもりなの? っていう質問の答えに通じる部分でもあると思う。今、その答えは見つけ出せてる?』


『……わかんない。わからないよ。私、馬鹿だからさ、本当にどうすればいいのかがわからないの。でも、自分がこのままじゃ駄目だってことはよくわかってる。変わらなくちゃ駄目なんだってことも理解してる。でも、その方法が全然わからないの。どんなに考えたって思い付かなくて、それで――』


 涙交じりの声で、嗚咽とすすり泣く音を時折響かせながら、天は必死に言葉を紡いでいく。

 格好つけず、取り繕わず、勇気を出して、仲間を信じて、弱い自分を曝け出してみる……零からのメッセージを思い返しながら、彼女はこう述べた。


『同期のみんなだけじゃなくて、【LOVE♡FAN】のみんなにも、【CRE8】のスタッフさんや箱のファンのみんなにもいっぱい迷惑をかけて、何やってんだお前って言われて、見放されるようなことをしたって自覚もある。もう遅いかもしれない。だけど、こんな自分を変えたいって想いは本気なんです。だから、だから――っ!!』


 愛鈴の立ち絵には表示されない大粒の涙を流しながら、頭を下げるというモデルに反映されない行動を取りながら、天は言う。

 あまりにも都合がよくて、情けなくて、聞けば呆れてしまうような、だが、今自分が言わなければならないことを。


『みんなの力を、貸してもらえないでしょうか? 私1人じゃどうしようもないことで、ここからどうすればいいのかも見当もつかなくて、だけど変わらなくちゃいけないって、そう思うから……本当に虫のいい願いだってことはわかってる。今更なにを言ってるんだって、そう思われることも理解してる。それを承知で、お願いします……!!』


 これまで散々下に見てきて、傷付けてきた相手に対して、何を言うんだと思われることはわかっていた。

 この願いがあまりにも虫がいい話で、自分1人じゃ対応出来なくなった奴が面倒臭い仕事を同期にも押し付けようとしていると思われても仕方がないと、天は自分の言っていることが、行動が、甘ったれたものであることを理解していた。


 公開説教の厳しい空気が妙な雰囲気になっていると思われることも、これがお涙頂戴の茶番だと思われるであろうことも、全てわかっている。

 だが、それでも……自分を変えるのなら、今しかないと。全てを曝け出し、判断を自分を見守る全ての人間のそれぞれの意思に任せた天が、PCの前で頭を下げ続けていると――


『……ちゃんと言えたね、助けてって』


 そう、優しい声で語り掛けてくれた沙織の反応にはっとして、顔を上げる天。

 本物の表情こそ見えないものの、立ち絵として表示されている花咲たらばは優しい笑みを浮かべており、そこから沙織の感情を読み取ることが出来た天は込み上げてくる涙をぐっと堪えながら彼女の話を聞いていった。


『愛鈴ちゃんは変わりたい、変わらなきゃいけないって言ってたけど、その方法はわからなかったわけじゃない? そこで無理に格好つけないで、誰かに助けてって言えるようになったことは大きな進歩だと思うよ。こんなに大勢の人の前でそういう弱い部分を見せられたんだもの、そこはいい変化だと私は思うな』


『わーもそう思います。わーみだいにだぃかに助げでもらってばすもまいねと思いますばって、愛鈴さんみだいに自分の力だげで~って考えるのも良ぐねど思うんだ。同期で仲間なんだはんで、お互いに助げ合うごどが大事っていうが、そごはバランスっていうが、その、えっと……』


『どうどう。落ち着いて、リアちゃん。言いたいことはわかったからさ』


 興奮気味にまくし立てるスイを窘めつつ、方言交じりの彼女の言葉に同意する沙織。

 天もまた、彼女が言わんとしていることを耳ではなく心で感じ取り、年下の同期の思いやりに感謝している。


『都合のいいことだって、たまには言っていいと思うさ~。だって私たちは友達だし、お互いに助け合うためにいる同期だしね』


『そうですよ! わー、自分さ何出来るのがはわがらねばって、そえでも一生懸命皆さんと一緒にけっぱっていぎでって思ってらはんで! だはんで助げ合っていぐべ! 愛鈴さんも、みんなも!』


『……ありがとう。ありがとうね。それで、本当にごめんなさい。駄目だ、なんかもう上手く喋れないや……』


 自分の弱さと甘さを受け入れてくれた沙織とスイの優しさに触れた天が遂に堪えていた涙を感情と共に溢れさせた。

 良いか悪いかは見る人によって印象が変わるが、確かな変化を見せた彼女の反応を確認しながら、沙織は話を有栖へと振る。


『……芽衣ちゃんはどう思う? 愛鈴ちゃんのことを許して、手を貸してあげようと思える?』


『今すぐ許すっていうのは無理です。というより、この流れがあまり好きじゃありません。なあなあで済ますっていうのが1番避けなきゃいけないことだと思いますから』


 バッサリとここまでの流れを斬り捨てた有栖がそう述べる。

 だが、これは冷酷さ故にそう言っているわけではなく、最後まで自分がリスナーたちの代弁者として振る舞おうとしているからこそこう言っているのだと理解している沙織は、ただ黙って彼女の話を聞き続けた。


『……ただ、私も同期は助け合うものだっていう意見には賛成です。花咲さんやアクエリアスさんが愛鈴さんの復帰に手を貸すって言うのなら、それを制止するつもりも、それに反対するつもりもありません。ですが、やっぱりこの場で全部を水に流すっていうのは出来ませんし、それをしてしまったらこの配信の意味がなくなってしまうと思います』


『うん、まあ、そうだね。芽衣ちゃんの言ってることは間違いじゃないし、普通の反応だと思うよ』


『ですから、私は愛鈴さんに手を貸しながら、彼女のことを見定めていこうと思います。許すわけじゃない、水に流すわけでもない。ただ、愛鈴さん自身や花咲さんたちの意見を聞いて、情状酌量の余地があると思いました。愛鈴さんが本気で反省しているかどうかを、ファンの皆さんに代わって、1番近いところで確認していこうと思います』


 許しとも和解とも違う、見送りという表現が最も近しいであろう結論を出した有栖が沙織から天へと話す相手を変える。

 未だに冷たく、そして怒りの籠った口調ではあるが、一定の信頼を預けた雰囲気で有栖は彼女へと告げた。


『愛鈴さん、私はあなたを許していませんし、ファンの皆さんの中にも私と同じ考えの人も多くいらっしゃると思います。ですが、あなたを応援して支えていこうと考えている人も数多く存在している。その人たちからの想いを、信頼を、よく噛み締めて活動を行ってください。私はあなたのことを見ています。もしもあなたが沢山の人たちの信頼を裏切るようなことがあったら……わかってますよね?』


『……はい。絶対にそうならないよう、努力します。羊坂さんだけでなく、復帰を許してくれた皆さんにもう1度認めていただけるよう、全力を尽くす所存です』


『その言葉、私は忘れませんからね? 2度目はないです。あなたが同じ過ちを繰り返した場合、誰がなんと言おうと……たとえ枢くんや薫子さんがあなたを許そうとも、私はあなたを許しません。この配信を本当に無意味なものにはしないでください、絶対に』


『はい……本当に、申し訳ありませんでした……』


 最後まで愛鈴を完全に許すわけでもなく、厳しく叱責する羊坂芽衣の言葉に対しての謝罪の声が配信に乗る。

 結果として、やや芝居がかった雰囲気にはなったものの、2期生全体が愛鈴の復帰に手を貸すということと、芽衣が厳しく彼女のことを監視するという形で決着することになった配信は、ファンたちの間で賛否両論の意見が飛び交うものとなった。


 これで良かったのかと、公開説教とは名ばかりの台本が存在した芝居を見せる配信だったのではないかと言う者もいる。

 これで良かったのだろうと、愛鈴の変化と彼女が最後に搾り出した感情、そして謝罪の気持ちは嘘ではないと、そう言う者もいた。


 様々な意見がインターネット上では交錯しているが、結局のところは今すぐに答えは出はしない。

 このやり方が、2期生の答えが、本当に正しいかどうかが判明するのは、愛鈴のこれからの行動にかかっている。


 彼女が今後大きな問題を起こさず、無事に引退の日を迎えることが出来たのなら、その時初めてあの炎上や配信にも意味があったのだと思えるようになるのだろう。

 逆にいえば、その日が来るまで彼女はずっと監視の目に晒されることになるわけだが……それだけのことをしたのだと、天自身が納得した上でその扱いを受け入れている。


 少なくとも、今の彼女には失敗した自分を支えてくれる仲間が出来た。

 同期たちの手を借りて変わっていこうとする彼女を、今は信じてやろう……という形で一応の結論を出したファンたちは、それぞれの反応を見せながら愛鈴と、そして【CRE8】やその所属タレントたちとの関係性を構築していくのだろう。


 これを機にファンをやめて箱から離れる者もいれば、逆に一層熱を入れて応援する者もいる。

 そういったファンたちの反応も含めて、今回の事件は緩やかな収束と未だに終わらぬ広がりを見せるのであった。


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