『もう1人の俺へ』


『あなたのことをこう呼ぶ理由は、なんとなくわかってくれると思います』

『以前、あなたに話したように、あなたと俺はとてもよく似ているんですよ』


 愛鈴……天のことをもう1人の自分と呼んだ零は、自分自身の過去や考えを振り返りながら梨子の口を借りて彼女へと語り掛け続ける。

 天もまた、あの日聞くことが出来なかった零からの想いを受け止めるべく、黙ってその話へと耳を傾けていった。


『どこにも自分の居場所はない。誰も自分のことを見つけてくれない……あなたはそう言っていましたね』

『俺もそうだったんです。近くに人はいるのに孤独っていう、本当にキツい思いを物心ついた時からずっと味わってきました』

『色々と諦めがよくなって、そういうもんなんだって弁えての行動が多くなって、自分自身を封じ込めることだけは上手くなって……Vtuberになるまでは、ずっとそんな自分で、あなたと同じような苦しみを抱え続けていたんです』


 家族の中で孤立していた自分を、その時に味わい続けた苦しみを、天へと吐露する零。

 だが、そこから自分を解き放ってくれる何かに出会うことが出来た彼は、その経験についても語っていく。


『正確にはVtuberになっても諦めがいいままだったと思いますよ? デビュー当時はバチバチに叩かれましたけど、それをクソッタレ! とかは思わず、まあこんなもんなんだろうよくらいの考えていましたしね』

『それが変わったのは……芽衣ちゃんをはじめとした、色んな人の本気の想いに触れたからだと思います』

『苦しいことがあっても、辛い現実に直面しても、その人たちはめんどくせえって言って逃げ出すことはしませんでした。どれだけ大変な思いをしても叶えたい夢が、その人たちにあったからだと思います』

『そういう人たちの想いとか夢に触れるようになって、俺は……その人たちのことを守れるようになりたいって思うようになりました。その想いを前面に出して自分を曝け出したあの瞬間が、俺にとってのターニングポイントだったんで、そこから色々なものが変わっていったんです』

『だからこそ……俺は、愛鈴さんに本当の自分を諦めてほしくないです。俺がそうだったように、あなたもきっと変わることが出来るはずですから』


『………』


『病院で芽衣ちゃんには言いましたが、俺は同期のみんなの夢を全力で応援したいです。みんなに大変なことがあったら迷わず手を貸しますし、いいことがあったら一緒に喜びたい。俺にとって2期生は、大切な家族みたいなものなんです』


 スイへのメッセージでも語った、同期は家族のようなものという自身の想いを零が繰り返し天へと告げる。

 空っぽだった自分に出来た、何よりも大切な存在への感謝を込めながら、彼は天に向けて尚も言葉を重ねた。


『俺が今、こうしていられるのは、沢山の人の支えのお陰です。その人たちが俺を応援してくれるのは、俺の本気の想いに応えてくれてるんじゃないかって思うんです』

『だから愛鈴さん、1度全部を曝け出してみませんか? 取り繕うことを忘れて、みんなの前で心の底にある感情を吐き出してみてください』

『それは物凄く勇気がいる行動だと思います。だけど、あなたに今、必要なのは、弱音も本音も全て吐き出すことが出来る仲間なんじゃないでしょうか?』


『全部、吐き出す……本気の想い……』


『そりゃあ、反発だってあると思いますよ? みんなは優しいですけど、あなたはそれだけのことをしちゃったんですから。女所帯の事務所からデビューした男が死ぬほど叩かれるくらいなんですから、それと比べたって十分に非難される理由はありますよね?』

『でもまあ……そんな状況でも、LOVE♡FANの皆さんみたいにあなたのことを応援してくれている人はいます。俺たちだって味方です。あなたに足りないものは、その人たちを信じる心と、本当の自分をさらけ出す勇気なんじゃないかって、俺は思います』


 こういう状況でメッセージが開示されるとは思ってもみなかったであろう零の言葉は、天の胸に深く突き刺さった。

 自分の本音を、心の底にある想いを、ずっと隠して取り繕ってきた自分自身のことを見透かしているような彼からの言葉に天が声を詰まらせる中、零は仲間たちへのメッセージをこう締めくくる。


『俺は今、この場にはいません。でも、俺が信じる大切な人たちがそこにいてくれています』

『その人たちに伝えてください。あなたが何をしたくて、何を思っていて、その人たちのことをどう想っているのかを』

『それが多分、あなたが前に進むための第1歩だと思います。格好つけず、取り繕わず、本当のあなたを見せてください』

『弱音を吐き出して、弱い自分も全部見せて……その上で、判断をみんなに委ねてみましょう』

『きっと大丈夫だって信じてます。だって、もう1人のあなたである俺が出来たことですもん。じゃあ、頑張って』


 蛇道枢より、という言葉で締めくくられたメッセージは、正しく零が天へと伝えたい想いであった。

 2期生の仲間たちに本音で話し、自分の抱えている弱みをしっかりと見せてほしいと……そう告げる零の言葉ではあったが、それは既に有栖の促しによって済ませた行為だ。


 年齢や経験から考えて、同期たちのことを見下していた。

 だが、同時に自分よりも上を行く同期たちに嫉妬し、その相反する感情によって苦しみ続けていた。

 そういった歪な自分が存在していることを受け入れ、認め、仲間たちと改めて信頼関係を結ぼうと努力すると、既に天は明言したはずだ。


 それでも……まだ彼女には、同期たちに吐き出せていない想いがあるかもしれない。

 そんな感情が存在するのならば、最後の最後まで搾り出してほしいと……そう願う沙織が、天へとこう問いかける。


『……なにか、まだ言いたいことはある? 私たちに伝えたいことがあったら、言ってほしいよ』

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