『2期生のみんなへ』


『このメッセージを聞いてるってことは、みんなは今、目の前の問題についての話し合いをしている頃だと思います』

『俺はその場に行くことは出来ませんが、代わりにしゃぼん母さんにこのメッセージを預けておきました。これを聞いて、俺が考えていることとか思っていることが少しでも伝われば幸いです』


 そんな文章から始まった枢のメッセージは、梨子の静かな声によって読み上げられていった。

 2期生たちもリスナーたちも揃って無言でその声に耳を傾け、彼の想いを読み取ろうとしている。


『こうして畏まった形で手紙を書くだなんてのは、これまでの人生で経験してこなかったことなのでちょっと緊張しています』

『色々とみんなに言いたいことはあるんですが、まずは体調を崩して入院してしまったことを謝罪させてください』


 零の想像よりも遥かに多い人数に聞かれているそのメッセージの始まりは、心配や迷惑を掛けたことに対する謝罪であった。

 同期たちだけでなく、多くのファンたちに対しての謝罪として、零は言葉を重ねていく。


『ファンたちは薫子さんが俺に仕事を押し付け過ぎたせいだって話になってますが、それは半分は正しくて半分は違います』

『確かに回される仕事の量は多かったし、これはタレントの役目じゃねえだろってものもあったけど……なんだかんだ、楽しかったんです。誰かに頼られるのとか、誰かと関わることが楽しくって、ついつい自分の体調のことを忘れてしまいました』

『これまでずっとそんな風に思えることなんてなかったし、そんな風に思える人たちなんて周囲にいなかったから、その変化が楽しかったんでしょうね。でも、自分のことが目に入らないくらいに熱中するのはよくないな。ごめんなさい』


 事務所のフォローとも、自分自身の本音の吐露ともいえる発言を行った後、零のメッセージが一旦途切れる。

 一呼吸置いた後、しゃぼんの口から紡がれたのは、この件で最も迷惑と心配をかけてしまった相手への感謝と謝罪の言葉だった。


『特に芽衣ちゃんには心配も迷惑もかけちゃいました。君が俺に対して怒るのも、当然だと思います』

『あの時は俺に対して心の底から怒ってくれる人がいて嬉しいって言ったけど……芽衣ちゃんは俺が眠っている間、ずっと俺のことを心配してくれてたんだもんね。あの言葉は、そんな君に対して言うべきことではなかったと、今になって反省しています。そのことに関しても、ごめんなさい』


 病院で目を覚ました際のことを振り返り、そう有栖へと告げる零。

 ただ彼からのメッセージを聞き続けていた有栖は、続く言葉を耳にしてはっとして顔を上げた。


『多分、芽衣ちゃんは色んな人に対して怒っていると思います。俺だったり、薫子さんだったり、原因を作ってしまったメンバーだったり……その中でも特に、自分自身に対して1番怒ってるんじゃないでしょうか?』


 ぴたりと自身の心情を言い当てた零の言葉に、小さく息を飲む有栖。

 この場にはいないはずなのに、まるで見ているかのように自分自身の考えや感情を当ててみせた零からのメッセージは、まだまだ続く。


『優しい芽衣ちゃんのことだから、俺や同期のみんなが色々と大変な時に何も出来なかったって、そう自分のことを責めてるんじゃないかなと思います』

『だから、多分……本当に多分なんだけど、芽衣ちゃんは今、敢えて憎まれ役を買ってるんじゃないかなって思うんだ』


『っっ……!!』


『……誰かが愛鈴さんを思いっきり叩いて、反省を促さないと、俺たち2期生は次に進めない。また団結するまでに大きな間が空いてしまうと思う。もしこのメッセージを話し合いが終わったくらいに聞いているのなら……芽衣ちゃんはその役目をやり遂げている頃だと思う』

『君が本当に優しい子だってことは痛いほどわかってます。例え必要な行為だったとしても、本気で怒っている相手に向けてだとしても、誰かを強く責めるなんてことしたくない……それでも、その役目を引き受けようと考えたのは、芽衣ちゃんが本気で2期生のみんなのことを想っている証だと俺は思う』


 まるで話し合いを見ていたかのように、ここまでの有栖の行動を言い当てる零。

 その上で彼女の心に踏み込んだ彼は、有栖へのメッセージをこう締めくくった。


『辛い役目を担って、俺の代理として仕事を全うして、そうやって一生懸命頑張ってる君が、同期のことを大切に想ってるってことは、俺たち全員が理解してるよ』

『芽衣ちゃんは強い自分になりたいって言ってるけれど、俺からしてみれば君はもう十分に強い。そして、今もどんどん強くなってる。目の前で成長していく姿を見せてくれる芽衣ちゃんの存在は、俺たちにとってとても貴重なんです。だから、何も出来なかったとか、何もしれないだなんて思わないで。君の存在は、俺にとってなくてはならないものなんだから』

『改めて……ごめんなさい。そして、ありがとう。誰よりも辛い役目をこなしてくれた君のことを、俺は尊敬しています』


『……ばか』


 最大級の賛辞を言葉として自分に送る零へと、有栖は小さく罵倒の言葉を口にする。

 そこには何もかもを見通されていることへの悔しさも含まれているが、決して零に対して悪感情を抱いているわけではないということは、その呟きを耳にした全員が理解していた。


 そうやって、有栖への想いを伝えた零のメッセージは、次なる人物へと話を移していく。


『……謝らなくちゃいけない人はもう1人います。リア様にも、謝りたいことがあるんです』


『わ、わー、ですか……? でも、わーは……!!』


 迷惑をかけたのは自分の方だと、零のメッセージを読み上げる梨子へと言いかけるスイ。

 だが、そんな彼女が全てを言い終わる前に、梨子は息子から彼女に向けられた言葉を口にし始めていた。


『リア様が方言のことを公開して、今はがむしゃらに活動を行っていることは聞きました。本当ならもっと、ポジティブな場面でその秘密を公開する形にすべきだったのに、俺の体調管理が甘かったせいで言い訳みたいな形での公開になってしまい、本当に申し訳ありません』


『そんな、そんなの……違いますよ。私が、蛇道さんの都合も考えずに振り回したせいで、それで――っ!!』


『リア様も俺の体調不良を自分のせいだと考えて、自分のことを責めていると思います。でも、違うんですよ。いい機会だから俺も本音を言わせてもらうと、妹が出来たみたいで嬉しくて、格好いいところを見せたくて、ついつい無茶しちゃったんです』


『え……?』


 唐突な告白に面食らい、ぽかんとした表情を浮かべるスイ。

 自分のことを妹のように想っているという零の言葉に唖然とする彼女へと、メッセージの続きが読み上げられる。


『これまで丁度いい感じに同い年の同期と、年上のお姉さんと順番に仲を深めてたところで、今度は年下の女の子と関わるようになったじゃないですか。なんだかこう、上手く言えないんですけど……俺は2期生のみんなのことを家族みたいだと思い始めてたんですよね』

『だからまあ、そういうタイミングとかも相まって、リア様のことが可愛い妹みたいに思えてたりしてて……つい、いい兄貴面したくなっちゃったんですよ』


 居場所がなかった本来の家族を振り返りつつ紡いだであろうその一文には、零のやや浮ついた本音が表れていた。

 Vtuberとして新たに得た絆から温もりを感じ、それをこの上なく尊いものだと思っている彼は、スイに向けて言う。


『だから無理かもしれないですけど、リア様がそんなに気にしないでください。むしろ、俺の甘やかしから脱した後の方が、リア様は本当にいい顔をするようになってると思います』

『あの時、俺がすべきだったのは、一緒になって秘密を隠すことじゃあない。あなたの背中を押して、勇気を出させてあげることだったんです』

『そういう意味でも本当にごめんなさい。俺もまだまだ、誰かに頼られる存在には程遠いってことですかね』


『……そんなんじゃ、ないのに。わーは、わーは……』


 軽く、されど深く。自分のことを考えてくれている零の言葉に目頭を熱くするスイ。

 今の自分の活動が零に認められていることを喜ばしく思いながら、ここまで協力してくれた彼に反省させてしまっていることを申し訳なく思いながら、口を噤んだ彼女を放置して、しゃぼんは次なる人物へのメッセージを述べていく。


『それで……ごめん、たら姉。絶対、たら姉が1番責任を感じてると思う。年上なのにみんなをまとめられなかったとか、愛鈴さんのフォローをし切れなかったとかでも十分にキツいと思うのに、俺が倒れる姿を目の前で見せちゃって、追い打ちかけちまった。本当にごめん』

『でも俺はたら姉のこと信じてるから。俺が休んでいられるのも、たら姉なら残ったみんなのことを上手く纏めることが出来るって信頼してるからなんだ』

『リア様とは逆で、俺が甘えられる数少ない相手だから……また損な役目押し付けちゃうかもだけど、2期生のお姉さんとして話し合いを仕切ってほしい。お願いします』


『はは……気、遣わせちゃったね。申し訳ないな~……』


『……自分の意見を挟んじゃって申し訳ないっすけど、枢が休んでいられるのは花咲さんの存在がデカいと思うっすよ。ここにも書いてありますけど、花咲さんはあの子が甘えられる数少ない人間だと思うっすから……』


 息子の意見を捕捉しつつ、沙織へのフォローを入れる梨子。

 不用心な行動で彼を振り回すこともあるが、零にとっては本当の姉のように頼りになる存在であると言われた沙織は、その信頼に言葉を詰まらせた。


『2期生のみんなは、俺にとって大切な存在です。みんなのお陰で俺も夢を見つけられましたし、みんなの夢を応援したいって思えるようになりました』

『この先、誰かが失敗することもあるだろうし、本気でぶつかり合うこともあると思う。でも、その度に互いに手を差し伸べることだって出来るって、そう信じてます。今もきっとそうだよね?』

『空っぽでなにもなかった俺が、みんなの夢を見守って、応援したいって思えるような人間になれたのも、2期生のみんなと出会えたからだと思ってます。俺をそんな風に変えてくれたことと、っていう俺の夢を守ろうとしてくれるみんなに、改めて感謝を伝えさせてください』


 有栖に、スイに、沙織に……それぞれ自分の今の想いを伝えた後で、改めて同期たちに感謝の気持ちを伝える零。

 だが、まだ最も意識を向けるべき人間に対して彼が自分の想いを伝えていないことを、この場に居る全員が理解している。


 その予想に違わず、再度言葉を区切ったしゃぼんは、息子からのメッセージを最後の1人に向けて語っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る