境界線は、信頼
「どんな感じですかね、三瓶さんの様子は」
「よくやってるよ。配信の企画とか、スケジュールとか、私たちと相談して活動に慣れようとしてる。これまでの活動が活動だったから苦戦はしてるけど、そういった頑張りを評価してくれるファンたちもいるはずだ」
寮に向かう車の中、零は同期たちの現状を薫子に質問していた。
スイと天とは入院中にも話はしたが、詳しい状況に関しては掴めておらず、配信の空気や雰囲気もわかっていない状態だ。
特に気になっている活動休止中の天と違って今も普通に配信を行っているスイの現状について薫子に問いかけてみれば、彼女はハンドルを切りながらそう答えを返してくれた。
「決して、批判的な意見が寄せられていないわけじゃない。これまで創り上げてきたキャラクター性が崩れて失望したファンもいるだろうさ。でも、それとは別にあの子のこれからを見守ろうとしてくれる人たちだっている。評価は持ち直してるし、あんたが無事に退院したとなればこれ以上はスイを責める声はなくなるはずだよ」
「そっか、よかった。三瓶さんのことは心配いらなそうだな……」
スイに対するファンたちの反応がそこまで悪くはないと知った零がほっと安堵の息を吐く。
もう彼女に自分の手助けは必要ないだろうと、不慣れながらも一生懸命に活動に取り組む彼女の現状を聞いて安心した零であったが、真に心配しなければならないもう1人の同期の存在を忘れてはいなかった。
おそらくは、今現在も痛烈な批判に晒されているであろう彼女のことを想いながら、薫子へと再び質問を繰り出す。
「……今日でしたっけ、秤屋さんの復帰配信。どんな感じですか?」
「……沙織が寄り添ってくれてるお陰で気持ちの切り替えは出来ていると思う。私にも相談してくれるようになったし、色んなことを話せたよ。でも……ファンたちがどんな反応をするのかは、まだ予想がつかない。やらかしの大きさは勿論だが、今回はそれに色んなことが重なり過ぎたからね……」
1週間の謹慎を命じられた愛鈴こと天は、本日に謝罪も兼ねた復帰配信をする予定であった。
事前に準備をし、話し合いを重ね、どういったことをするのかを決めていったが、それが十分な消火効果を発揮してくれるとは限らない。
むしろこれが原因となって再び炎上してしまう可能性も否定出来ないと語った薫子は、信号待ちの最中に続けてこう語る。
「あの子だって心の底から同期を憎んでたわけじゃない。ガス抜きみたいなことをさせてやれなかった私たちの方に大きな責任がある。けれども、やっちまったことはやっちまったことだ。天は今、物凄く反省して、変わろうとしているよ。間近で今のあの子の姿を見てる私たちにはそれがわかる。でも――」
「ファンたちはそうじゃない。秤屋さんの心境とか、境遇とか、そういうのを知れるわけがない。ましてや、俺たち2期生との関係がどうなっているのかもわからない以上、本当に和解出来たのかも疑問でしょうしね」
同期たちへの暴言をSNS上に投稿してしまった天だが、あれは決して彼女の本心から出た言葉ではないのだろうと零は思っていた。
酔いの勢いとか、鬱屈した感情だとかが入り混じり、それが一気に噴き出してしまったが故にああなってしまったのだろうと……そう、間近で彼女のことを見ていたからこそ判断出来る部分がある。
だからもう自分は彼女のことを許しているし、そもそも最初から怒ったりなんかはしていない。
だが、そういった自分たちと天との関係性ややり取りがわからないファンたちにとっては、彼女のことを明確に許せるラインの判断が出来ないことが問題なのだ。
今回の問題の大元が『CRE8』のマネジメント部分に問題があることはわかった。
それに関しては薫子が謝罪し、そういった問題点を解決していくと明言したことで一応は解決している。
零の不調、並びに同期内に不和が蔓延していたことに関しては、スイが自分こそがその原因だったと謝罪した。
実際はその限りではないのだが、彼女の必死の告白と謝罪はファンたちにも受け入れられており、零の退院も相まって、この問題に関しても解決を迎えたと見ても構わないだろう。
残す問題は、2期生は本当に和解したのかという部分のみ。
天の言動を許し、彼女の反省を受け入れ、今後も仲間として共に活動していこうと同期たちが本心から思えているのかどうかということが、ファンたちが知りたい部分なのではないかと零は思っている。
取り合えず水に流そう程度の、仕方がないから許してやるくらいの態度で天を許したと思われた場合、ファンたちはきっと納得はしないだろう。
だが逆に、同期たちが本気で彼女のことを許したと理解してくれたのならば、きっと彼らは天の今後を見守ってくれるはずだ。
簡潔にいってしまえば、2期生の信頼関係が試されているといってしまっていい。
天の行動のせいで最も大きな被害を被った人間たちが彼女を許しているかどうかがファンたちが彼女を許す境界線になる……ということだ。
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