心に差し込む、光

昨日、某ウィルスのワクチン接種(2度目)を済ませてきました

副反応で熱とか出してる可能性があるので、昨日と本日の感想返信はお休みさせてもらいます

ごめんね

――――――――――――



「……そっか。あんたは踏ん切りをつけられたんだ。よかった……」


 同じ頃、スイことリア・アクエリアスの配信を自室で観終えた天は、ぽつりとそんな言葉を口にしていた。

 彼女が隠していた訛りという秘密を知り、スイも今回の一件に関して強い責任を感じていることを知った天は、膝を抱えて深い溜息を吐く。


 愚痴を零す気分にも、酒を飲む気分にもなれない彼女は、謹慎状態になっている今の自分と荒れた部屋を見回しながら、改めて自嘲気味な呟きを漏らした。


「本当、ひっどいなぁ……笑えもしないや」


 ビールの缶やつまみのごみが散乱する部屋は、そのまま天の心を表しているようだと天は思う。

 これまで沢山の人たちが自分のことを気に掛けてくれたが、それを拒み続けたのは他ならぬ自分自身だ。


 だから、こんな結末を迎えるのは当然のことで、もう少し自分が誰かを信じたり自分の中の弱さを見せたりすることが出来ていれば状況は変わっていたのだろうと、PC画面から視線を逸らしながら、再び彼女は深い溜息を吐いた。


 このごみ屋敷の中で膝を抱えている姿が自分にはお似合いだと、そう投げやりな感情を抱きつつも、このままではいけないという気持ちも彼女の心の中に存在している。

 昼間の沙織との会話と、今しがた観たばかりのスイの決意を振り返った天は、顔を上げると共に今度は深くまで息を吸って自分に気合を入れた。


「……部屋の掃除しよう。気持ちを切り替えて、明日改めてアポ取って零くんに謝って、それで――」


 自分も新たなスタートを切るために、やるべきことをやろう。

 これを幸いといっていいのかはわからないが、謹慎中であるため時間はある。その時間を使って、復帰前にしなくてはならないことは全て終わらせておくべきだ。


 まずはこの汚い部屋を片付けながら自分の心に整理をつけよう。そうしたら薫子に相談して、入院している零のところにお見舞いも兼ねて謝罪に出向いて、それが終わったら他の2期生たちにも迷惑を掛けたことをしっかりと謝罪して――


 ……と、考えたところで、天の手がぴたりと止まった。

 込み上げてきた不安が心の中を満たし、一気に恐怖を膨れ上がらせたからだ。


 本当に、こんな自分のことを仲間やファンたちが許してくれるだろうか?

 あれほどまでに悪し様に同期を罵倒し、零が限界を迎える最後のダメ押しをして、折角同期同士のコラボを目前として盛り上がっていた雰囲気に冷や水を浴びせてしまった自分のことを、彼らは心の底から許してくれるのだろうか?


 それは全部、天自身のこれからの行動に掛かっているということはわかっている。

 だが、しかし……周囲の目を意識し続け、愛されるよう、評価されるような振る舞いを続けてきた彼女にとって、その恐怖は弱っていた心を更に弱らせるに十分な威力があった。


 この恐怖を乗り越え、自分自身としっかり向き合った上で今後の活動を続けていくと断言したスイの強さが、身に染みて理解出来る。

 あれだけ馬鹿にし、下に見てきた彼女がここ一番の強さを見せたのに対して、自分は何も決断出来ない弱い人間じゃないかという暗い気持ちが湧き上がってきた天は、震える拳を握り締めると焦点の定まっていない目で冷蔵庫を見た。

 まだビールは残っていただろうかと……酒に逃げ、恐怖を忘れようとした彼女が立ち上がろうとした時、机の上に置いてあったスマートフォンの画面が光る。


 驚いてその光へと視線を向けた天が目にしたのは、沙織から送られてきた短いメッセージだった。


【大丈夫? なにか心配なことがあったら、遠慮しないで連絡してね】


「あ……」


 簡潔で、短くて、ほんの二言三言だけの、沙織からのメッセージ。

 だが、天の目には、暗い部屋の中で光るその画面が、そのメッセージが、眩いまでの輝きを放っているように見えていた。


 きっと彼女もスイの配信を観て、同じように天がこの配信を観ていると考えたのかもしれない。

 再び自分がコンプレックスを爆発させるかもだとか、精神を不安定にさせてしまうかもしれないだとか、そんな心配と共に連絡を取ろうとしてくれた沙織の気遣いと優しさが、天の胸に深くまで沁みた。


 自分の心を表しているような、暗くて荒れた部屋に差し込んだ一筋の光。

 その光を、沙織が差し伸べてくれた手を取るようにしてスマートフォンを掴んだ天が、震える指で画面をタップして返信のメッセージを打ち込む。


【電話、してもいいですか?】 


 息を飲み、意思を固めて、そのメッセージを沙織へと送信する天。

 緊張で心臓の鼓動が早まる中、そのメッセージへの返答は彼女からの着信という形で送られてきた。


 画面に表示される名前が、自分を想ってくれている人がいるということを天に強く実感させる。

 独りではないという想いが、その温もりが、スマートフォンに触れる指先から少しずつ体に広がっていくような気がした。


 ……アルコールに逃げるのはもう止めようと、天は思った。

 それはきっと一時的に気を楽にしてくれるが、ワイン樽の底に溜まる濁りのように着実に自分の心に暗い影を落としていく。

 酒と一緒に暗い気分を飲み込み、溜め込んでしまうよりも、誰かに弱い自分を見せて全てを吐き出してしまうことこそが真に救われる道なのだと、そう理解した彼女は再び椅子に座ると、通話のアイコンをタップした。


「……もしもし? あの、その――」


『大丈夫? 何か聞いてほしいことがあるの?』


「えっと、その……うん」


 自分はスイのように、いきなり数万の人々の前で弱みを見せることなんて出来ない。

 だからまず、1人から始めよう。こんな弱くて駄目な自分に手を差し伸べてくれた沙織に甘えることから始めてしまおう。


 これが進歩なのかどうかはわからない。でも、これまで自分が出来ていなかったことが出来るようになったということは確かなはずだ。

 心の中の不安を、心配を、感情を、慣れないながらもたどたどしく沙織へと吐露しながら、天はそう思った。

 

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