溢れる涙は、水瓶座のように


 今までずっと隠してきた方言で、視聴者たちへと謝罪の言葉を告げるスイ。

 急加速したコメント欄と、そこに流れる様々な反応を目にした彼女は、再びたどたどしくも彼らに伝わりやすい標準語で話し始める。


『……これが、私が今まで口数を少なくしていた理由です。この方言が、訛りが、バレるのが恥ずかしかったから、ずっと無口なキャラクターを装って誤魔化してきました。本当の私は、おとぎ話に出てくるようなお姫様なんかじゃなくって……ただの田舎娘なんです』


 少しだけ禁忌に踏み込んでしまっているような、ギリギリの部分まで言及して本当の自分を晒したスイが言葉を区切る。

 最も隠したかった部分を曝け出した今、彼女の想いは堰を切ったように溢れ、とめどなく言葉となってリスナーたちへと届けられていく。


『全部、私の責任なんです。事務所の皆さんの忠告を無視した私が、格好いい歌姫としてやっていきたいって我儘を貫いたばっかりに、沢山の人たちに迷惑を掛けてしまいました……。愛鈴さんのコラボ配信も、2期生での話し合いの時もそうだったんです。何も言わない、案も出さない、なのに歌いたいって我儘だけは通そうとする。子供としか言いようのない振る舞いをみせて、4人に負担ばっかりかけて……!!』


 ぽた、ぽたと涙がデスクの上に零れる。

 歪み、滲んだスイの視界にはPCが放つぼんやりとした光だけが映っていて、視聴者たちの反応を見ることすら出来ない。


 涙を拭う余裕すらないまま、涙声でしゃくりあげながら自らの罪を懺悔するスイは、自分が零の大きな負担になっていたことにも言及していった。


『このままじゃいけないって、なんとかしなくちゃって……そう焦り始めた頃でした、蛇道さんにこの訛りがバレたのは。そのまま、相談させてもらって、解決に力を貸してもらうことになって、そのおかげであれよあれよという間に人気が出て……! 順風満帆だって、この調子でいけば問題ないって、そう思ってて、でも、でもっ――!!』


 自らの甘い考えを振り返ったスイが、堪え切れずに顔を覆う。

 PC画面を見ることも出来ないまま、目を抑えて俯いたまま、彼女は最大の後悔をリスナーたちに向けて懺悔すると共に、何が零を追い詰めたのかを説明する。


『……考えもしなかったんです、蛇道さんが私のためにどれだけ苦労していたかってことを。無口な私のために配信の企画を考えて、標準語を喋れるようになるための練習に毎日夜遅くまで付き合ってくれて、至らない私のことをいっぱいフォローしてくれて……それなのに私、なにも考えなかった。ただありがたいなって思うだけで、蛇道さんの体調なんて何も考えてなかった!』


 冷静さを保つことも出来ず、涙声に溢れ始めた感情を乗せて叫ぶスイ。

 怒りと、哀しみと、申し訳なさと、後悔と……様々な感情が入り混じった心のままに、彼女は自分自身の愚かさを責め始める。


『私のせいなんです。私がちゃんと、最初からちゃんと自分のすべきことさえやっていれば、2期生のみんなに迷惑を掛けることなんてなかった。人一倍仕事熱心な愛鈴さんがストレスを溜めることも、私の我儘に付き合わせてしまった蛇道さんが倒れることもなかったんです……!! もっと、ちゃんと、私がVtuberって活動に向き合っていれば、こんなことにはならなかったはずなのに、それなのに、私は……!』


 これが正しい言葉の選び方をしているかどうかなんて、スイには判断がつかない。

 彼女は今、自分の心の中に在る想いをそのまま吐き出しているに過ぎないのだから。


 悔やんで、悩んで、決意して、叫んで……そうやって、涙と共に全ての感情を吐露した彼女は、最後に自分が1番伝えたかったことをリスナーたちの前で呟く。


『他の皆さんにとって、Vtuberとして得たこの体は夢を叶えるためのチケットだったっていうのに……私はそれを、醜い自分を隠すための道具として使ってしまいました。自分を偽って、沢山の人を騙して、色んな方々に迷惑を掛けて……! ごめんなさい……本当に、ごめんなさい……!!』

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