ただ、すべきことを
挨拶もなく、明るさもなく、ただぼそりとそう呟いたスイが一度口を噤む。
普段通りの言葉少ない雰囲気ではあるが、いつもとはまた違った様子を見せる彼女の様子にリスナーたちも何かを感じ取ったようだ。
この配信は、今現在の2期生の炎上に関するものであると……そう勘付いた視聴者たちが様々なコメントを送る中、再び口を開いたスイが言う。
『……まずは、謝らせてください。今、私たち2期生は色々な問題を抱えていて、そのせいで皆さんを不安にさせてしまっていると思います。その問題たちの元凶になっているのは……私なんです。私のせいで、沢山の人を嫌な気持ちにさせてしまいました。本当に、ごめんなさい……』
【リア様が元凶ってどういうこと?】
【確かに最近はくるるんとよく絡んでたし、愛鈴の最初の炎上はリア様に原因があったかもしれないけどさ……流石にそれは責任を感じ過ぎじゃない?】
【あんまり自分を責めないでほしい。少なくともラブリーの方はリア様関係ないでしょ】
唐突なスイの懺悔に対して、リスナーたちが励ましのコメントを送って彼女を慰める。
彼らからしてみれば、一連の事件に際したリア・アクエリアスが精神を病んでしまったようにしか見えず、その言葉に疑問を抱きはしたがそれ以上に彼女の態度に対する不安の感情の方が大きいようだ。
この数秒のやり取りだけで自分の想いを、気持ちを、言葉として画面の向こう側にいる人々に伝えるということの難しさを実感したスイは、それでも懸命に想いを尽くして彼らへと語り続けた。
『思い込みとか、そういうのじゃあないんです。こういうことになって自分の行動を振り返って初めて、皆さんに迷惑を掛けているのは私なんだってことがようやく理解出来たんです。だから、私は私の責任を果たさなくちゃいけなくて、そのために今、ここにいるんです』
どうやって自分の想いを伝えたらいいのかがわからない。まだ心の中に恐れがあるせいか、回りくどい言い方しか出来ない。
自分自身の拙さにやきもきしながら、こんなことすら出来ないのかと失望しながら、それでも言葉を紡いでいたスイの目が、看過出来ないコメントを捉えた。
【もしかしてなんだけどリア様、くるるんに代わって火消し役に任命された? CRE8になんか言われてこんな配信してる?】
『っっ……!?』
2期生全体が苦境に立たされ、メイン盾である蛇道枢も一時離脱しているという八方塞がりの中、このところ彼と深く関わっていたリアが代理の火消し人として事務所からその役目を言い渡されたのではないか、という邪推にも程がある意見に息を飲むスイ。
普通に考えればそんなことはあり得ないと一笑出来る話なのではあるが、ファンたちの間に【CRE8】への不信が募っている今、そのあり得ない話が僅かな真実味を帯びると共に彼らが感じている不快感を増大させていく。
もしもこのコメントが注目を浴びて、同じような疑念を抱く人間が現れたら?
沢山の人々がこの意見に賛同し、配信外でもそれを主張し始めたら?
自分が下手に言葉を選び、きちんと思っていることを伝えられなかった結果、事務所だけでなく同期や他の所属タレントたちに迷惑を掛けてしまう未来を想像したスイが感じたのは、途方もない怒りだった。
それは自分の話を曲解したリスナーに対してではない。他の誰でもない、自分自身への怒り。
事ここに至ってまで自分を取り繕おうとしている自分自身に激高したスイは、その怒りのままに真っ直ぐな言葉を吼えるようにして配信に乗せる。
『そったんでね! わりぇのは全部、わーなの!!』
マイクに向けて叫び、短いながらも先のコメントに対する想いの全てをこの一言に乗せたスイは、荒い呼吸を繰り返しながらコメント欄を見やった。
予想通り、そこには美しいお姫様であり、クールな歌姫としてのキャラクターを作り上げていたリア・アクエリアスの口から飛び出した強い訛り口調の言葉に対するリスナーたちからの困惑の声が寄せられており、「は?」や「今の何?」といった状況を半ば理解し切れていない彼らの反応を目の当たりにしながら、スイは喉から絞り出すようにして再び謝罪の言葉を口にする。
『かにな。ほんにかにな……こぃが、ほんにわーなんだ。わー、今までずっぱど……皆さんのごど、騙すちゃーんだ……!』
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