たった1つの、大失敗


 アルコールに浸かった天の脳がその文章の意味を理解するまで、若干の時間を消費する。

 その間、リア・アクエリアスのチャンネル登録者数10万人突破報告に対して、SNS上ではお祝いのコメントが数多く寄せられていった。


【おめでとう、リア様! 凄く嬉しいよ!】

【最近頑張ってるからね。この調子で進めてもろて】

【おめおめおめおめおめでとうぅぅぅぅっ!! 泣きそうになるくらいに嬉しいぃぃぃっ!】


「……はぁ? はぁぁ?」


 徐々に、徐々に……冷えていった頭が状況を理解していくと共に、天の口から不満と憤りを表す声が溢れ出た。

 酒の酔いではない、感情による昂りによって全身がかあっと熱くなり、それが極限まで高まった瞬間、彼女は頭が沸騰するような憤怒を感じると共に激怒し、叫ぶ。


「なにが……10万人突破おめでとうだぁ!? なにが最近頑張ってるだっ!? お前なんかより私の方が頑張ってるんだよっ!! お前なんか、お前なんか……っ! なんにもしてないじゃねえかよっっ!!」


 スイが何をした? 彼女が何を頑張った?

 彼女が打ち上がったのは彼女自身の努力の結果ではない。蛇道枢という同期で随一の人気を誇るVtuberの協力があってのことではないか。


 これまでのスイの様子を見れば、誰だって一瞬で理解出来る。

 彼女は何もしていない。ここまでの配信企画の立案も空気作りも、全て零が手掛けたものであり、彼女はその尻馬に乗っかっているだけなのだ、と。


 それでどうして、彼女が頑張ったと言える? どうして彼女を祝福する?

 なにもやってない奴が、同期におんぶにだっこで打ち上げさせてもらっただけなのに、どうしてあんな風にちやほやされているのだ?


 全部、全部……運ではないか。零がスイのフォローを担当するようになって、そのお陰で人気が出るようになっただけじゃないか。

 立場が逆なら、自分の方がバズっていたはずだ。いや、自分の方がもっと早くに、より多くの人々からの人気を得られていたはずなのだ。


「ふざけんな! ふざけんなふざけんなふざけんなぁぁっ!!」


 吼える。叫ぶ。慟哭する。

 激情を露にし、悲しんでいるのか怒っているのかわからないぐちゃぐちゃになった感情を剥き出しにして、どうして流しているのかわからない涙をぼろぼろと瞳から溢れさせながら天が握り締めた拳をテーブルへと叩きつける。


 不安定になっていた精神はアルコールの力によってより搔き乱され、感じていた憤怒の感情はより強められ……その全てが、天のひび割れていた心を木端微塵になるまでに追い込んでしまっていた。


「ざけんなよ。マジで、ふざけんな……っ!!」


 涙で滲んだ視界のままに、彼女は普段通りに自分の心を落ち着かせるための不平不満をSNS上でぶちまける作業に入る。

 ただ、今日の彼女の叫びは普段のそれよりも何倍も激しく、広範囲に渡っての愚痴爆撃になってしまっていた。


【人気のある同期のお陰で打ち上がった癖に調子に乗ってんじゃねえぞ、クソガキが! ぼそぼそもごもごしやがって、気持ち悪いんだよ!!】

【くるめいだなんだってのもうぜぇ! 結局は彼氏に依存してるだけのメンヘラ彼女だろうが! それをてぇてぇだとか、頭沸いてんのか!?】

【乳しか取り柄のないアイドル崩れが! へらへらへらへらしやがって!! 見てるだけでムカつくんだよ!!】

【誰の歌が問題外だってんだ! お前の耳、おかしいんじゃねえのか!? それでよく事務所で1番のシンガー気取ってられるよな!?】

【どいつもこいつも全員ウザい! ムカつく! 大っ嫌い!! 死ね! 死んじまえっ!!】


 ほんの一つまみの本心が、激憤と酔いによって何倍にも膨張され、過激な言葉へと変化していく。

 嗚咽を漏らしながらありとあらゆる文句を心の中から吐き出した天であったが、その言葉を打ち込む度に普段とは真逆で心がぐちゃぐちゃに掻き回される苦しみを感じていた。


「あぁぁぁっっ!! うあぁあぁぁっ!!」


 そして……その苦しみに耐え切れなくなった彼女は、手にしていたスマートフォンを思い切り放り投げるとベッドに飛び込み、頭から布団をすっぽりと被った。

 薄暗く息苦しい空間ながらも、外部と完全に遮断された小さな小さな自分だけの世界に身を置いた天は、涙を流しながら延々と嘆きの言葉を口にし続けている。


「ふざ、けんな……! ふざけんなよ……! 私だって、私だってぇ……!!」


 吐き気と涙と共に込み上げてきた眠気が、彼女の意識を奪っていく。

 眠りにつくその瞬間まで、世の中に対する恨み言を呟き続けた天は、決して爽快とはいえない感情を抱えたままがっくりと枕に顔を埋め、完全に意識を手放す。


 苛立ちと悲しみに支配されていた彼女は、最後の最後まで気が付くことがなかった。


 自分が今、どのアカウントで盛大に愚痴をぶちまけてしまったのかということを。

 そして、それがとんでもない騒動を引き起こすということもまた、彼女は気が付くことなく嗚咽交じりの寝息を立てていた。

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