蛇道リスナーVSLOVE♡FAN


「……そう。でさぁ、今日久しぶりに芽衣ちゃんと会って話したんだけど、最近はきちんと自炊してるらしくて、安心したよ」


【おぉ!! 久しぶりに嫁との時間を取ったか!】

【芽衣ちゃんも成長してるんだなぁ……!!】

【くるめいてぇてぇを補給させてもらったお礼です、お納めください¥3000】『くるめい過激派さん、から』


 その時、零はソロでの雑談配信を行っていた。 


 時間帯としては深夜に足を踏み入れ始めたくらいで、配信の開始からそこそこ時間が経ち、話も盛り上がり、今が1番面白い状態という雰囲気だ。

 零的には手応えを感じることが出来た本日の2期生コラボについての会議にでの出来事や、最近絡んでいるスイのこと、更には久々に顔を合わせた有栖との会話について話す彼の話に、リスナーたちも良い反応を見せながら耳を傾けている。


 重ねて言うが、本日の蛇道枢の雑談配信は、今が最高潮の盛り上がりを見せようとしている状態だった。

 ジェットコースターでいえば、坂を上り切って今から最高速度でレールを駆け下りる寸前。コース料理で例えるなら、メインディッシュが運ばれてくる様を目にしているような状態。

 自身も配信を楽しみ、リスナーたちもまた彼とのコミュニケーションを楽しんでいる最高の雰囲気の中で……ふとコメント欄に目を向けた零がそれを見つける。


【くるるん、ラブリーを助けて!!】


 短いながらも、コメントを打ち込んだ人間の必死さが表れているようなその一言を目にした零が眉を顰める。

 愛鈴のファンネームである『LOVE♡FAN』の名を冠したそのコメント主の名前を確認した彼は、同時にこのコメントから漂う危険な臭いを嗅ぎ取っていた。


 例えるならば、床一面にぶちまけられたガソリンの臭い。または、部屋いっぱいに充満した可燃性ガスの臭いとでもいうべきだろうか?

 そこにほんの少しの火種を加えるだけで、未曽有の大炎上が起きてしまうような……そんな雰囲気を感じ取った零は、自身の本能に従ってそのコメントをスルーすることに決めた。


 理由はわからない。想像すらつかない。だが、絶対にここでこの件について触れることだけはしてはならないということだけは確信出来ている。

 だから零は愛鈴こと天に関するコメントを無視しようとしたのだが、そんな彼の態度は『LOVE♡FAN』たちの必死さを煽るという結果に繋がってしまう。


【本気でヤバいんだ! くるるんが手を貸してくれないとどうしようも出来ない!】

【あれは2期生コラボの伏線かなにかなんだよね? そう言ってよ!!】

【お願いだから気付いて、くるるん! いくらでも投げ銭するから! ¥10000】『まさきち LOVE♡FANさん、から』


 『LOVE♡FAN』からの必死なコメントは加速度的に増え、中には零に気付いてもらうために高額のスーパーチャットまで投げ始める者まで現れた。

 遂にはコメントの半数以上を支配するに至った彼らのコメントを目の当たりにした零は、流石にこれを無視することは出来ないと思いながらもアバターの表情に変化が出ないように心の中で顔を顰める。


 何か……自分の知らないところで、天が危機的状況に陥っていることだけは理解出来た。

 だが、それが何であるかもわからない今、デリケート極まりない謎の問題に不用意に手を出すことは危険であると判断した零がそのファーストタッチをどうすべきかを考える中、事態は予想通りながらも最悪の状況へと向かい始める。


【お前らなんなんだよ? ここは枢の配信だぞ? その邪魔するんじゃねえ】

【他所の配信で関係ないVtuberの名前出すなっていう基本的なルールすら知らないの?】

【『LOVE♡FAN』くんたちさぁ……なにがあったかわかんないけど、マジで止めてくれない? くるるんの配信ぶっ壊して楽しいの?】


 零が愛鈴に関するコメントに反応するよりも早く、蛇道リスナーたちがいきなり配信の空気をぶち壊した『LOVE♡FAN』たちに対して、憤りを見せ始めたのである。

 盛り上がりを見せ始めた推しの配信を楽しく視聴していたらそれをわけのわからない連中にいきなり台無しにされた彼らからしてみればこの反応も当然のことで、『LOVE♡FAN』たちの言動も含め、コメント欄は更に混沌とした雰囲気へと変化してしまっていた。


【緊急事態なんだよ!! くるるんしかどうにか出来そうな人間がいないから頼ってるんだ! しょうがないことなんだから勘弁してくれ!!】

【ふざけんな。なにがあったかわかんないけど、この配信を台無しにしていい理由なんてあるわけないだろ!】

【もう本当に黙っててくれ。ラブリーのVtuber人生が掛かってるんだ!】

【黙るのはお前らの方だっつーの! 『LOVE♡FAN』がクソ民度晒す度にラブリー自身にも迷惑がかかるってわかんねえの?】

【今調べてきたけど、全部ラブリーの自業自得じゃねえかwwwなんであの馬鹿の尻拭いを枢にやらせようとしてるんだよwwwファンはそのタレントの鑑ってよくいうけど、この身勝手さ見てるとマジで納得出来るわwwwマジ草生えるwww】

【人のこと大喜びで燃やすゴミ共が民度語ってんじゃねえよ】


「やっべぇ……マジで、やっべえぞ……!?」


 自分のファンたちと、愛鈴のファンたちとが言い争うようになったコメント欄の様子を目にした零が小さな呻きを発する。

 溜まりに溜まった爆薬に火が点き、大炎上が巻き起こっているようなビジョンを幻視した彼は、どうにかしてこの混乱を収拾しようとしたのだが――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る